アメリカのハーバード大学(Harvard Univ.)で行われた研究によってカンブリア紀(約5億年前)の海にすんでいた「史上最も奇妙な生き物」ハルキゲニアの“食事風景”が、1枚の化石から浮かび上がってきました。
カナダ・バージェス頁岩の化石の中で、クラゲの仲間であるクシクラゲ類(ゼリー状の動物)の死骸の上に、トゲだらけの小さなハルキゲニアがいくつも群がっている様子が見つかったのです。
しかもハルキゲニアの口のつくりを詳しく調べると、獲物をかみちぎるためのあごや牙はなく、その代わりに、頭の中に広い空間と細かい突起がならんだ「吸い取り装置」らしき構造があり、死んだクラゲの体液をストローのようにチューチュー吸っていた「腐肉食の掃除屋」だった可能性が高いことが分かってきました。
これは、長年「見た目は有名なのに暮らしぶりは謎」だったハルキゲニアの生活スタイルにこれまでで最も具体的な像を与える成果です。
研究内容の詳細は2025年12月30日に『bioRxiv』にて発表されました。
目次
見た目で有名な「ハルキゲニア」の食事方法は謎だった史上最も変な生き物「ハルキゲニア」の食事風景が化石に写されていた
見た目で有名な「ハルキゲニア」の食事方法は謎だった
見た目で有名な「ハルキゲニア」の食事方法は謎だった / Credit:Jose Manuel Cañete, via Wikimedi
...morea Commons, CC BY-SA 4.0
背中に長い棘(とげ)、腹側には細長い脚──ハルキゲニアは一度見たら忘れられない奇妙な形をしています。
そのあまりの奇妙さゆえ、初めて発見されたときには上下逆さまに復元されてしまったという逸話も知られています。
名前の由来(ラテン語の「夢幻=hallucinatio」)どおり幻覚のような姿ですが、本当に実在した約5億年前(カンブリア紀)の生物です。
その後の研究で、どちらが頭でどちらが尻尾か、どのグループの祖先筋にあたるのかといった「見た目」と「進化上の位置」はだいぶ整理されてきました。
そして現在、ハルキゲニアは「葉足動物(ロボポディア)」というグループの一員だと考えられています。
これは、現在のカギムシやクマムシ、そして昆虫やカニ(節足動物)など幅広い動物種たちの共通祖先に近いグループだとされています。
コラム:「葉足動物」とは何者か?
「葉足動物(ようそくどうぶつ)」という名前を初めて耳にする人は多いかもしれません。この生物の体はミミズのように細長くて、そこにポコポコとふくらんだ短い足が左右にならんでいます。この足には、節足動物(昆虫やカニの仲間)のようなカクカクした関節はなく、でもミミズのようにまったく足がないわけでもない、その中間のような形をしているのが特徴です。カンブリア紀の化石記録には、このタイプの「足のあるミミズみたいな生き物」がたくさん出てきます。ハルキゲニアもその一種です。これらは、のちに大きく分かれていく3つのグループ――カギムシ、クマムシ、そして節足動物(昆虫・クモ・エビなど)などの共通祖先に近い存在でした。
しかし、化石から分かるのは主に形だけで、その生活スタイル――どこにすみ、何を食べていたのか――については長いあいだ、はっきりした答えがありませんでした。
その形状から海底にいたらしいことは予測されていますが「肉食のハンターだったのか、小さなゴミを食べていたのか、それとも別の食べ方をしていたのか」不明のままでした。
史上最も変な生き物「ハルキゲニア」の食事風景が化石に写されていた
Credit:Hallucigenia’s diet illuminates the feeding ecology of Cambrian lobopodians
ハルキゲニアはどんなふうに食事をしていたのか?
謎を解明するため研究者たちは、これまでに掘り出された化石を再度詳細に調べることにしました。
特に着目されたのは「クラゲ型生物とハルキゲニアが一緒に保存されたもの」でした。
カンブリア紀の海底では、ゼリー状の体を持つクラゲやクシクラゲが大量に生き、死んで沈んでいきました。
軟らかい体は化石には残りにくいですが、当時の生態系にとっては重要な栄養のかたまりです。
もしハルキゲニアがこの「掃除役」をしていたなら、クラゲとハルキゲニアがセットになっている化石から何らかのヒントが得られるかもしれません。
結果、複数の小さなハルキゲニア個体がクラゲの仲間の死骸に群がっている化石が確認されました。
各個体は死骸の上で均等にばらけて配置されており、互いに邪魔しないように「食べる場所」を分け合っていたようにも見えました。
硬い部分がまったくないゼリー状の死骸を前にしても、ハルキゲニアたちは棘だらけの小さな体で器用に集まり、まさに宴会のように体液を吸っていたのでしょう。
次に、ハルキゲニアの頭部と消化管のつくりに注目しました。
普通、肉をかみちぎる捕食者なら、獲物をつかむための太いあごや、刺すための鋭い牙が必要です。
しかしハルキゲニアの口周りには、そのようなパーツが見当たりません。
その一方で、頭の先が少しふくらんでいて、その内部に広めの空間と細かい歯のような突起が並んでいる構造が確認されました。
これは、水ごと餌の中身を吸い込み、内部の突起でこして取り込む「吸引摂食(suction feeding:吸って食べる方法)」に向いたつくりです。
研究者たちは、この構造が現生のウミグモ類の口と前腸にも見られることに注目しました。
ウミグモは長い管を海綿やクラゲなどに差し込み、内部の体液を吸い取って食べます。
ハルキゲニアの頭部と前腸には、このウミグモの吸い取り装置と機能的に対応する点がいくつも見つかったのです。
こうした配置と構造から、著者たちは、この複合化石を「クラゲ型生物の死骸に小さなハルキゲニアが群がり、その体液をストローのように吸い取っていた瞬間をとらえたスナップショット」と解釈できると考えています。
ハルキゲニアの位置 / この図4は、「カンブリア紀の“足のあるミミズ系”(葉足動物)と、その子孫たちの世界には、大きく2タイプの生き方があったことを示しています。上半分のAパネルは、カンブリア紀の葉足動物たちを「体と暮らしぶり」で2グループに分けています。ひとつは、口の前にハサミのような捕まえる腕や外側に突き出した口を持つ、大型(体長10センチ以上)のタイプで、海底のすぐ上をスイスイ泳ぎ回りながら獲物を狩る“ハンター”です。もう一つは、ハルキゲニアのように小型(体長10センチ未満)で、背中にトゲや装甲をまとい、頭が細長くふくらんだ形をしているタイプで、こちらは海底の表面をはい回るだけの“底生(ていせい)”生活に特化したグループです。下半分のBパネルは、その違いを系統樹(家系図)に重ねた図です。カギムシやクマムシ、昆虫やカニなどを含む“パンアルトロポーダ(Panarthropoda)”という大きな仲間の中で、どの枝がどんな食べ方をしていたのかを、ざっくり示しています。片方の枝(トータルグループ・ユーアーソロポダ=総称としての節足動物側)では、さきほどの「大きく泳ぐハンタータイプ」が代表で、がっつり獲物を追いかけて食べる生き方が強調されています。一方、もう片方の枝(トータルグループ・オンコファラ=カギムシ系統側)では、ハルキゲニアのような小型で装甲をまとった葉足動物たちが、海底をはい回りながらゼリー状の死骸や柔らかい生き物の体液を“吸い取る”ような食べ方をしていた、と配置されています。つまり図4は、「カンブリア紀の足の生えたワームたちの中で、大型のハンター系と、小型の吸い込みスカベンジャー系という“仕事の分担”がすでにできていて、その分かれ目が現代につながる大きな系統の枝分かれにも重なっている」という、進化と生態の両方の大づかみな絵を一枚で見せている図なのです。Credit:Hallucigenia’s diet illuminates the feeding ecology of Cambrian lobopodians
今回の研究により、ハルキゲニアは、いわば「クラゲの死骸から体液を吸うストロー生物」であり、カンブリア海の海底でゼリー状の死骸を片づける小さな掃除屋として働いていた可能性が示されました。
これは、ただ見た目が奇妙なだけの存在だったハルキゲニアに、ようやく具体的な生活のイメージが与えられたという点で、大きな一歩です。
著者たちはさらに踏み込み、この吸引摂食というスタイルが、カギムシ類の祖先グループにとって「祖先的で、広く使われていた食べ...
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2026年1月3日
学校法人 立正大学学園 立正大学
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
国立大学法人 九州大学
発表のポイント
・調査は小笠原母島で行い、消化管内容物の顕微鏡による観察、遺伝子の解析、炭素及び窒素安定同位体比分析の3つの手法を用いて、プラスチック汚染の実態を解明した。
・調査した10個体中7個体の消化管にプラスチックが存在していた。プラスチックの平均出現数は9.2±8.5(0〜31)であった。
・マクロプラスチック(1)に相当する10cm2〜1m2の大きさのものが56.5%を占めていた。
・アオウミガメが摂食していたプラスチックはその回遊域よりも広い範囲に起源を持つと推定され、摂食は越境汚染(2)であることが判明した。
・プラスチックを取り込んだ原因としては、主な餌である海藻に混在するプラスチックを摂取すること、餌のクラゲ類などと誤認していることが考えられる。
立正大学、国立研究開発法人産業技術総合研究所、九州大学の研究者及び学生(研究当時)で構成された研究グループは、小笠原諸島に来遊するアオウミガメ消化管に含まれるプラスチックについて調査し、プラスチック汚染の実態について明らかにしました。
この成果は2026年1月2日(日本時間1月3日)にPeerJ Life and Environment誌(電子版)に掲載されました。
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図1. アオウミガメ 2025年12月11日小笠原・二子島で撮影。©環境省
図2.アオウミガメに摂食されたプラスチック。A: エアークッション, ポリヒドロカーボン, B: シート状プラスチック, ポリヒドロカーボン, C: 糸状及びシート状プラスチック, D: マスク, E: 糸状プラスチックの塊, F: プラスチックの破片, G: コンタクトレンズのブリスターパック, ポリプロピレン, H: ペットボトルの蓋, ポリエチレン, I: 笛, ポリエチレン, J: シート状プラスチック, スケールバー2cm. K: ペットボトルのラベル, スケールバー2cm. L: シート状プラスチック, スケールバー1cm. PeerJ Life and Environment誌より引用
研究の概要と背景
世界のプラスチック廃棄物の排出量は2020年には5,210万トン/年と推定され、その内の43%は陸地を経て水生環境へ輸送される危険性が指摘されています(Cottom et al., 2024, Nature 633(8028):101–117)。プラスチックは、魚類はもとより鯨から動物プランクトンまで多くの種類の海洋生物の体内から発見されています。
日本近海に分布するアオウミガメ(図1)は、繁殖のために本州太平洋沿岸から小笠原諸島に回遊します。そのため、小笠原で採捕されたアオウミガメは広範囲な海域でさまざまな形態(浮遊、堆積、海藻に混在など)で分布するプラスチックを摂取し、蓄積していることが考えらます。本研究はプラスチックを摂取する要因とプラスチックの起源を推定することを目的として、消化管内容物の顕微鏡による観察、消化管内容物のDNA解析、炭素・窒素安定同位体比(3)分析の3つの手法を組み合わせた研究を行いました。また、フーリエ変換赤外分光法によりプラスチックの種類を同定しました。
研究の内容と成果
1)調査した10個体中7個体からマイクロ、メソ、マクロプラスチックが出現しました(図2)。メソ、マクロプラスチックは6個体から合計92個が出現し、平均出現数は9.2±8.5個(0〜31)でした。それらの重さの平均は15.28±24.17g(0〜70.55)であり、プラスチックが体重に占める平均の割合は、0.014±0.021%(0〜0.064)でした。
2)プラスチックの大きさは、マクロプラスチックに相当する10cm2-1m2のものが56.5%、メソプラスチックに相当する10mm2-10cm2のサイズが41.3%を占めました。
3)主要な餌は大型海藻であり、DNA解析の結果から採捕時に餌場としていたのは褐藻類シオミドロの仲間、タマハハキモク、ハイオオオギの仲間が優占する3ヶ所と推定されました。また、南下途上で大型海藻が摂食できないときの餌として流れ藻やクラゲやサルパなどゼラチン質のプランクトンを摂食していることが示唆されました。これらのことから、アオウミガメは藻場の大型海藻や流れ藻に存在するメソ、マクロプラスチックを摂取すること、ゼラチン質のプランクトンと誤認してそれらを摂食すると考えられます。
ゼラチン質のプランクトンと誤認することは、プラスチックが大きいほどシート状のものが多くなること(図3)、また透明・半透明・白のものが多くなること(図4)から示唆されました。
4)アオウミガメが摂食したプラスチックにはひらがな、簡体字、繁体字、ハングルが表記されているものがありました(図2)。そのため、摂食されたプラスチックはアオウミガメの回遊域よりも広い範囲に起源を持つと推定され、プラスチックの摂食は越境汚染であることが明らかになりました。
5)アオウミガメのつがいを構成する雌雄は摂食していた海藻の種類が異なり、筋組織の炭素・窒素安定同位体比も異なっていました。これらのことから、つがいを構成する雌雄は出合うまでの行動の履歴が異なり、つがいとなってから一緒に行動する時間は短いと考えられます。
今後の展開と展望
プラスチックの摂食がアオウミガメに及ぼす影響については、消化管組織の損傷、摂食量の減少、排泄への影響などが考えられます。また、プラスチックに含まれる PCB や PAH などの毒性化合物が生体に影響する可能性があります。大きなプラスチックを摂食するアオウミガメにとっては、より深刻な影響を受けることが予想されます。今後、プラスチック摂食の生体への影響についての研究が求められます。
また、本研究はプラスチック汚染が国境を越える問題であることを示しました。プラスチック製品の生産量、使用量、廃棄量の削減などプラスチック汚染の軽減を国際協力の下で研究と並行して実施する必要があります。
図3.アオウミガメに摂食されたプラスチックの形状の割合(プラスチックの大きさ毎)。PeerJ Life and Environment誌に掲載された図を改変
図4.アオウミガメに摂食されたプラスチックの色の割合(プラスチックの大きさ毎)。PeerJ Life and Environment誌に掲載された図を改変
用語解説
(1)プラスチックの大きさ:プラスチックの大きさは、1000nm以下のナノプラスチック、5mm以下のマイクロプラスチック、2.5cm以下のメソプラスチック、1m以下のマクロプラスチック、1m以上のメガプラスチックに区分される(GESAMP, 2015, Reports and Studies 96)。本研究ではプラスチックの形が不定型のものが多かったため、大きさの指標として面積を用いた。
(2)越境汚染:汚染物質が発生源から風、川、海流などで運ばれ、国境を越え拡がること。
(3)炭素・窒素安定同位体比:動物組織の炭素安定同位体比(δ13C:分析試料と標準試料に含まれる12Cと13Cの存在比を比較した値)は餌とほぼ同じか若干高い値(0〜1.5‰)を示し、窒素安定同位体比(δ15N:分析試料と標準試料に含まれる14Nと15Nの存在比を比較した値)は餌よりも高い値(3.4‰)を示すことが知られている。そのため、動物の餌と栄養段階の指標になる。
論文情報
・掲載誌:PeerJ Life and Environment 13:e20425
・論文名:Multiple approaches to meso- and macroplastics and the food habitat of the green turtle, Chelonia mydas, in the Ogasawara Islands, Japan
・著者:
藤谷天蔵 立正大学 地球環境科学部 卒業生
衣奈駿治 立正大学 地球環境科学部 卒業生
細谷藤真 立正大学 地球環境科学部 卒業生
李 盛源 立正大学 地球環境科学部 教授
西島美由紀 産業技術総合研究所 地質調査総合センター テクニカルスタッフ
井口 亮 産業技術総合研究所 地質調査総合センター 研...