史上最も偉大な音楽家の一人であるベートーヴェン(1770〜1827)の真の死因が明らかになったかもしれません。
ベートヴェンの生涯は病苦との闘いであり、進行性の難聴や慢性的な腹痛、さらに晩年は肺炎に加えて黄疸(おうだん)を併発したことが知られています。
死因については様々な憶測がありますが、特に根強いのは「鉛中毒で亡くなった」という説です。
しかし今回、英ケンブリッジ大学(University of Cambridge)、独ボン大学(University of Bonn)らの国際研究チームは、現存するベートーヴェン本人の毛髪を特定し、DNA分析することに成功。
その結果、死の数カ月前から「B型肝炎」に感染していたことが判明したのです。
研究の詳細は、2023年3月22日付で科学雑誌『Current Biology』に掲載されました。
目次
「鉛中毒」と診断された毛髪は他の女性のものだった!死の数カ月前に「B型肝炎」に感染!アルコールの過剰摂取で悪化?
「鉛中毒」と診断された毛髪は他の女性のものだった!
本研究の目的は、ベートヴェンの健康面に新たな光を当てることです。
ベートーヴェンについて今日知られているのは、20代半ばで進行性の難聴を発症し、40代後半には完全に耳が聞こえなくなったこと。
生涯続く慢性的な胃腸障害や下痢に悩まされていたこと。
そして晩年に重度の肺炎や肝臓病の...more症状である黄疸を患ったことなどです。
しかし偉大な音楽家を56歳で死に至らしめた直接的な原因についてはいまだ議論が続いており、決着がついていません。
そこで研究チームは、イギリス・ドイツ・アメリカの公共および個人が所蔵する「ベートーヴェンのものとされている8つの髪束」を対象にDNA鑑定を実施しました。
Credit: Tristan Begg et al., Current Biology(2023)
DNAデータおよび一緒に残されていた記録文書の綿密な調査から、このうち5つの髪束は「最後の7年間に採取されたベートーヴェン本人の毛髪と見てほぼ間違いない」と結論されました。
しかしこれはつまり、ベートーヴェンのものとされていた毛髪サンプルの内3つは、ベートーヴェン本人のものではなかったということです。
そして問題なのが、ベートーヴェンの毛髪ではないと断定されたサンプルの中に「鉛中毒説」の根拠となった髪束があったことです。
Credit: Tristan Begg et al., Current Biology(2023)
これは当時15歳の音楽家フェルディナント・ヒラー(1811〜1885)がベートーヴェンの髪から切り取った一部と伝えられていました。
ところが髪束を調べてみると、ベートーヴェンではなく、ユダヤ系の女性の毛髪であることが発覚したのです。
これを受けて同チームのウィリアム・メレディス(William Meredith)氏は「その髪束にもとづくこれまでの分析(つまり鉛中毒説)はベートーヴェンには一切当てはまらない」と話しました。
まずこれで鉛中毒による死亡説は消えたことになります。
ではベートーヴェンは死の直前にどんな健康状態にあったのでしょうか?
死の数カ月前に「B型肝炎」に感染!アルコールの過剰摂取で悪化?
ベートーヴェンの毛髪のDNA分析を進めた結果、難聴や胃腸障害の決定的な証拠は見つかりませんでした。
ただ胃腸障害については、ゲノムデータにもとづき、セリアック病(腸粘膜の消化吸収に異常をきたす疾患)や乳糖不耐症(牛乳に含まれる乳糖が消化吸収できず下痢を起こす疾患)の可能性は非常に低いと判断されています。
また、しばしば指摘されている「過敏性腸症候群(IBS)」のリスクに関しても、ベートーヴェンは遺伝的にその疾患に罹患する確率が低かったことが示されています。
Credit: Cambridge University – Beethoven’s Hair: Unlocking Ludwig’s DNA(youtube, 2023)
しかし最も重大な事実として、肝疾患にかかりやすい遺伝的な危険因子が多数発見されました。
そしてベートーヴェンは死の数カ月前から「B型肝炎」にかかっていた証拠が見つかったのです。
この病気はB型肝炎ウイルス(HBV)に感染することで発症する急性肝炎で、主な症状として嘔吐や腹痛、黄疸が挙げられます。
これらはベートーヴェンが患っていた一連の症状と合致するものです。
さらに研究主任のトリスタン・ベッグ(Tristan Begg)氏は「アルコールの過剰摂取によりB型肝炎の症状が悪化した可能性もある」と指摘します。
ベートーヴェンが大のワイン好きだったことは非常に有名です。
晩年には「昼食時に1リットル以上のワインを毎日飲んでいた」と言われています。
同時代人の証言では、彼の飲酒量は19世紀初めのウィーンの基準からすると普通だったと伝えられていますが、これらの資料には完全な一致がなく、「今日では肝臓に有害であるとされる量のアルコールを摂取していた可能性は高い」とベッグ氏は考えます。
Credit: ja.wikipedia
以上の結果からチームは、すでに知られている病歴と、新たに判明した肝疾患の遺伝的リスク、そして彼の飲酒習慣を踏まえた上で、アルコールの多量な摂取がB型肝炎や持病を悪化させ、死期を早めたのかもしれないと結論しました。
ベッグ氏は「ベートーヴェンのゲノムデータを研究者に公開し、さらなる調査を進めることで、彼の健康状態に関する疑問のいくつかが解決されることに期待しています」と述べています。
全ての画像を見る参考文献Beethoven’s DNA
https://www.cam.ac.uk/stories/beethovens-dna-reveals-health-and-family-history-clues
1st ever analysis of Beethoven’s DNA sheds light on the mystery of his death
https://www.livescience.com/1st-ever-analysis-of-beethovens-dna-sheds-light-on-the-mystery-of-his-death
元論文Genomic analyses of hair from Ludwig van Beethoven
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(23)00181-1
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「夜あまり寝なくても全然元気」という方は”夜型遺伝子”の持ち主かもしれません。
英オックスフォード大学(University of Oxford)の最新研究で、一部の人々は遺伝的に夜型人間になりやすい因子を生まれつき持っていることが明らかになりました。
さらに夜型遺伝子を持つ人は、そうでない人々に比べ、睡眠時間の変動に対して柔軟に対応できることが示されており、夜間勤務による睡眠不足の影響に対して耐性を持つ可能性が示唆されています。
つまり寝る時間が多少削られても、夜型遺伝子がその弊害から心身を守ってくれる可能性があるのです。
研究の詳細は、2023年2月6日付で学術誌『Sleep』に掲載されています。
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夜勤による睡眠不足は健康リスクを増加させるが…
夜勤による睡眠不足は健康リスクを増加させるが…
日本やイギリスを含む多くの国では現在、公的機関の職員の最大25%が何らかの形で夜間勤務に従事しています。
夜勤による睡眠不足や概日リズムの乱れは、うつ病・心臓病・2型糖尿病などの健康リスクを増大させる大きな要因です。
また夜勤を終えて朝〜昼まで眠れたとしても、結局は9時5時勤務の人たちより睡眠時間が短いことが広く報告されています。
Credit: canva
その一方で、世の中には「夜型人間」を自認する人がたくさんいるのをご存知でしょう。
これらの人々は昼間より夜間の方が活発で...moreあり、深夜に仕事をしたり、ネットサーフィンを存分に楽しむことができます。
先行研究では、「自分は夜型である」と自己申告した人ほど、夜間勤務に適応しやすく、睡眠不足による心身への悪影響も少ないことが示唆されています。
そこで研究チームは今回、「夜型」が遺伝的因子によるものなのか、またそうだとすれば、夜型遺伝子は睡眠不足に対しどれだけの保護効果を持つのかを調べることにしました。
「夜型遺伝子」を持っていれば睡眠不足もヘッチャラ?
イギリスの大規模遺伝子データベースである「UKバイオバンク」を利用し、2006年から2018年の間に5万3211人の登録者を調べ、「夜型」に対する遺伝的傾向があるかどうかを調査しました。
ここでは3つのデータを分析対象としています。
1つ目は自己申告によるクロノタイプ(朝型か夜型か)の評価で、それと並行して、対象者を「夜勤をしていない・ほとんどしない・時々する・常にしている」に分類しました。
2つ目はウェアラブル装置による時間帯ごとの身体活動の記録。
そして3つ目はDNAです。対象者の遺伝子データから夜型の遺伝子マーカーがあるかどうかを探ります。
そしてデータ分析の結果、まず全体として、夜勤の頻度が高い人ほど睡眠時間が短いことが分かりました。
常に夜勤をする人は、夜勤をしない人に比べて、睡眠時間が一晩あたり平均13分(3.5%)少なかったようです。
この結果は、以前に報告された「夜間勤務者は昼間勤務者より睡眠時間が平均15分短く、不眠症や仕事中の居眠りのリスクが高くなる」という先行研究と一致します。
ところが驚くことに、遺伝的に「夜型」の傾向が強い人は、夜勤前に長く寝ておくことで睡眠不足の影響が軽減し、夜勤後の回復も早いことが確認されたのです。
Credit: canva
チームは先の3つのデータにもとづき、「夜型」についての多遺伝子スコアを各人に割り当てました。
多遺伝子スコアとは、個人が持つ特定の疾患の発症リスクを高めるすべての遺伝子変異をスコア化して、その病気の発症や進展を予測する手法のこと。
今回の場合は、遺伝的にどれだけ夜型人間になりやすいかをスコア化しています。
すると常に夜勤をしている人は、夜型の遺伝子スコアが高い場合、睡眠不足による弊害が大幅に軽減されることが示されたのです。
数字に換算すると、1スコア上昇するごとに平均4分の睡眠時間が追加されました。
夜型の遺伝子スコアが最も高い人では、一晩あたり約27分の睡眠報酬を得ていたのです。
こうした人々は睡眠時間を少し削っても心身への悪影響を受けにくいと考えられます。
これは夜型遺伝子が睡眠不足に対するある程度の保護効果を持つことを示しています。
また、以上の結果に男女間の性差は見られませんでした。
研究主任のメリンダ・ミルズ(Melinda Mills)氏は「夜勤労働者には共通して健康リスクがあると考えられていましたが、私たちの研究は、その影響の大きさが個人の遺伝子によって異なることを示している」と指摘。
その上で「今後、介入策を考案する際には、個々人の遺伝的特性を考慮する必要があるかもしれない」と話しました。
夜の世界で生きられるかどうかは、夜型遺伝子を持っているかどうかに左右されるようです。
全ての画像を見る参考文献Having the genetics of a night owl protects night shift workers against sleep loss
https://www.ox.ac.uk/news/2023-03-17-having-genetics-night-owl-protects-night-shift-workers-against-sleep-loss
Night owls may be protected from health risks associated with shift work
https://frontlinegenomics.com/night-owls-may-be-protected-from-health-risks-associated-with-shift-work/
元論文Gene-x-environment analysis supports protective effects of eveningness chronotype on self-reported and actigraphy-derived sleep duration among those who always work night shifts in the UK Biobank
https://academic.oup.com/sleep/advance-article/doi/10.1093/sleep/zsad023/7028737?login=false
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