ドラゴンボールに出てくる惑星ベジータは重力が地球の10倍あります。
そんな環境で育ったサイヤ人たちは、地球人よりも遥かに優れた身体能力を手にしていました。
どうやらそれと同じことが地球のバッタにも起こるようです。
2023年に行われた独ブレーメン応用科学大学(BUAS)の研究で、重力室の中で育ったバッタはわずか2週間で脚の強度がパワーアップすることが明らかになりました。
重力室でトレーニングを積んだ悟空のように、バッタも過重力に晒されることで強靭なジャンプ力を手にできるようです。
研究の詳細は、2023年12月6日付で科学雑誌『Proceedings of the Royal Society B』に掲載されています。
目次
トノサマバッタを過重力に晒してみるバッタは3Gで最強になった!
トノサマバッタを過重力に晒してみる
トノサマバッタ / Credit: canva
あらゆる動植物は、ふつうとは異なる重力環境に晒されることで体のシステムを変化させます。
自然下における地球の重力は1Gですが、例えば、植物はそれ以上のGに晒されると幹を太くすることが分かっています。
反対に、私たちヒトは国際宇宙ステーションの微小重力下にいると、筋肉量や骨密度が低下してしまいます。
一方で、節足動物を主とする生物たちはヒトのような骨を持っていません。
彼らの体は「クチクラ(cuticula)」と...moreいう表皮の硬い外骨格によって支えられています。
実はこれまで、このクチクラの外骨格が重力の変化にどう反応するかは分かっていませんでした。
そこで研究チームは今回、飼育や繁殖が容易な「トノサマバッタ(学名:Locusta migratoria)」を対象に、奇抜な実験を行うことにしました。
遠心分離機でGを高める
実験で使用したのは、回転の遠心力によって過重力を発生させられる「遠心分離機」です。
遠心分離機は通常、液体の混合物をすばやく沈降・分離させるために使われています。
例えば、混合物の中の比重の重い固形物は自然下の1Gでも沈降しますが、時間がかかりすぎます。
しかし遠心力を使えば、より強いGが発生するため、短い時間で液体と固形物を分離することが可能です。
チームは、トノサマバッタの飼育ケースを取り付けた特注の遠心分離機を作成し、3G・5G・8Gの過重力空間を作り出しました。
トノサマバッタを入れた遠心分離機 / Credit: Karen Stamm et al., Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences(2023)
では、通常の1Gと比べて、それぞれの過重力で飼育されたバッタにはどんな変化が起きたでしょうか?
その結果を次に見ていきます。
バッタは3Gで最強になった!
チームは成熟手前のトノサマバッタを集め、1G・3G・5G・8Gの4つのグループに分けて、それぞれの重力下で2週間飼育しました。
その直前にバッタたちは最後の脱皮をむかえ、2週間の飼育期間中に外骨格を硬くして、成熟に達します。
実験中は常に遠心分離機を回しており、3日に一度だけ、餌やりなどのために最大15分間のみ停止させました。
(対照群となる1Gのバッタは遠心分離機にいれず、通常の飼育下に置いている)
その結果、各グループに興味深い変化があらわれています。
まず2週間後のバッタの生存率は、対照群の1Gで76%だったのに対し、3Gでは81%とわずかに上昇していました。
ところがそれ以上の過重力だと生存率が急に低下し、5Gで51%、8Gでわずか7%となっています。
2週間後の生存率の比較(3Gで最も高かった) / Credit: Karen Stamm et al., Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences(2023)
面白いことに、この生存率の傾向はバッタの「外骨格の厚み」や「脚の強度」の変化とも一致しているようでした。
X線で調べてみると、3Gのバッタにおいて外骨格や脚の強度が最大化し、折れにくくなっていたのです。
例えば、外骨格のクチクラ層は「外クチクラ(exocuticle)」と「内クチクラ(endocuticle)」に2つに分けられますが、3Gのバッタで内クチクラが最も厚くなっていました。
外クチクラでは有意な差が見られていません。
一方で、5Gと8Gのバッタでは明らかに外骨格が薄くなっていました。
上:脚の断面図、下:外クチクラ(オレンジ)と内クチクラ(青)の厚みの変化 / Credit: Karen Stamm et al., Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences(2023)
加えて、弾性力を示す「ヤング率(Young’s modulus:材料が受ける力に対して元に戻ろうとする力)」を調べたところ、3Gのバッタの脚においてヤング率が最大化していました。
1Gに比べると、約67%の増加となっています。
Credit: Karen Stamm et al., Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences(2023)
実験後のバッタたちの身体能力までは測定されていませんが、これらの結果は3Gの過重力においてバッタが最も強靭化し、5G以上では逆に弱体化することを示すものです。
こうした重力の違いによる身体変化の仕組みはまだ解明されていないものの、研究者らは昆虫の外骨格が、過重力に予想以上に短期間のうちに適応できることを示した貴重な成果だと述べています。
3Gのバッタのジャンプ力などが実際に上がったのかも気になるところですが、チームは今後、カニを含む他の節足動物でも同様の結果が得られるかを実験する予定とのこと。
その結果次第では、生物の身体能力を高める重力トレーニングの方法が確立できるかもしれません。
全ての画像を見る参考文献Locusts Raised in High Gravity Grow Freakishly Strong… Up to a Pointhttps://www.sciencealert.com/locusts-raised-in-high-gravity-grow-freakishly-strong-up-to-a-pointInsects take a spin in the lab – Growing-up in a centrifuge makes their skeleton strongerhttps://www.hs-bremen.de/en/hsb/news/news-item/insects-take-a-spin-in-the-lab-growing-up-in-a-centrifuge-makes-their-skeleton-stronger/元論文Insect exoskeletons react to hypergravityhttps://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2023.2141ライター大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。編集者ナゾロジー 編集部...
ホッキョクグマの赤ちゃんが母グマとともに巣穴から出る瞬間を記録した研究が発表されました。
北極圏の厳しい環境の中で生まれるホッキョクグマの赤ちゃんは、最初の数か月間を雪と氷でできた巣穴の中で過ごしており、彼らの様子を研究することは非常に困難です。
この研究を主導したのは、カナダのトロント大学スカボロ校(UTS)の研究チームです。
彼らは、ノルウェー・スヴァールバル諸島で約10年間にわたり遠隔カメラで撮影を続け、ついに、ホッキョクグマの巣穴生活に関するいくつかの疑問に答えることができました。
研究の詳細は、2025年2月26日付の『Journal of Wildlife Management』誌で発表されました。
目次
ホッキョクグマの赤ちゃんを保護する「巣穴」の生活ホッキョクグマの子が初めて巣穴から出る映像が記録される
ホッキョクグマの赤ちゃんを保護する「巣穴」の生活
ホッキョクグマの子は大事な2年間を巣穴で過ごす / Credit:Polar Bears International
ホッキョクグマの母グマは、秋から冬にかけて雪の中に巣穴を掘り、その中で出産し、数か月間赤ちゃんを育てます。
生まれたばかりの赤ちゃんは体重600gほどで、毛が薄く、自力で寒さに耐えることができません。
そのため、巣穴は赤ちゃんを寒さや外敵から守るシェルターの役割を果たします。
そして赤ちゃんたち...moreは、母乳とアザラシの脂肪を得て、急速に成長します。
1年目の春に巣穴を離れるまでには、体重が約10kgにもなります。
翌年には、ホッキョクグマの親子は再び巣穴に戻り、母親は子熊が乳離れするまで見守ってあげます。
この最初の2年間は子熊が生き残るために非常に重要なプロセスだと考えられています。
ホッキョクグマの子の生存率は約半分。保護のための研究が必要とされている / Credit:Polar Bears International
それでもホッキョクグマの赤ちゃんが大人になるまで生き残ることができるのは、全体の約半分だけです。
だからこそ、ホッキョクグマの個体群を保護する活動は重要です。
しかし、彼らは人里離れた雪の下に巣穴を作るため、巣穴におけるホッキョクグマの様子を研究することは簡単ではありません。
そこで、トロント大学スカボロ校の研究チームは、ノルウェーのスヴァールバル諸島で約10年にわたって遠隔カメラを用いた撮影を行い、ホッキョクグマの親子の様子を粘り強く記録し続けました。
そのおかげで、この度、ホッキョクグマの赤ちゃんが初めて巣穴から出る様子を取得することに成功しました。
また巣穴で生活するホッキョクグマの親子に関する貴重な情報もいくつか入手できました。
ホッキョクグマの子が初めて巣穴から出る映像が記録される
ホッキョクグマの赤ちゃんの巣穴脱出の映像をとらえる / Credit:Polar Bears International_Polar bear cubs emerging from their dens for the first time: New study captures rare footage(2025, EurekAlert)
研究チームが記録した映像では、巣穴脱出のプロセスが明確に示されていました。
最初に巣穴を出るのは母グマで、外の環境を慎重に確認します。
その後、赤ちゃんグマたちは慎重に母グマの後を追いながら巣穴から這い出し、新しい世界へと踏み出します。
赤ちゃんたちはすぐには移動せず、数日から数週間、巣穴の周辺で適応訓練を行うことが分かりました。
この期間、母グマは狩りを再開せず、巣穴周辺で子グマを見守ります。
これは、赤ちゃんが極寒の環境に適応し、筋力をつけるための重要な時期だと考えられています。
母グマは巣穴の近くで子グマを訓練する / Credit:Polar Bears International_Polar bear cubs emerging from their dens for the first time: New study captures rare footage(2025, EurekAlert)
ホッキョクグマの親子が巣穴の近くに留まる期間は平均12日ほどですが、この期間は家族によって大きく異なるようです。
ちなみに赤ちゃんグマたちがひとりで外にでることは滅多になく、赤ちゃんグマが母親と離れているの様子が観察されたのは全体のたった5%でした。
スヴァールバル諸島では、子熊は最長で2年半も母親に依存して生きていくのです。
また研究では、気温や時間帯が巣穴脱出のタイミングに影響を与えることも確認されました。
気温が高いほど赤ちゃんグマが巣穴の外にいる時間が長くなり、逆に寒い日には巣穴に戻る時間が増える傾向があることが分かりました。
そしてホッキョクグマのこれらの育成プロセスは、現在深刻化している気候変動の影響を受ける可能性があります。
研究者たちも、「ホッキョクグマの巣穴脱出は非常に繊細なプロセスであり、少しの環境の変化が影響を及ぼす可能性がある」と述べています。
今後の研究ではさらに広範囲での観測を行い、気候変動の影響をより詳細に追跡していく必要があります。
全ての画像を見る参考文献Polar bear cubs emerging from their dens for the first time: New study captures rare footagehttps://www.eurekalert.org/news-releases/1074740New Study: Polar Bear Cubs Emerging From Maternal Denshttps://polarbearsinternational.org/news-media/articles/new-study-polar-bear-cubs-emerging-from-maternal-densFirst-Ever Detailed Footage Shows Polar Bear Cubs Emerging From Denshttps://www.sciencealert.com/first-ever-detailed-footage-shows-polar-bear-cubs-emerging-from-dens元論文Monitoring phenology and behavior of polar bears at den emergence using cameras and satellite telemetryhttps://wildlife.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/jwmg.22725ライター大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。編集者ナゾロジー 編集部...