10月31日に行われた日中首脳会談の席上、習近平国家主席を相手に「言うべきことを言った」として一部メディアやネットで高く評価された高市早苗首相。しかし実際のところ高市氏は、期せずして「大きなミス」を犯してしまったとする意見もあるようです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』ではジャーナリストの富坂聰さんが、首相が演じた失態の内容を詳しく解説。さらにそのミスが日本経済に大打撃を与えかねない理由を論じています。※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:高市外交を称賛する声こそが日本外交を衰退させる元凶という皮肉
皮肉も皮肉。高市外交を称賛する声こそが日本外交を衰退させる元凶になる理由
高市早苗首相の本格的な外交デビューとなったマレーシアのASEAN(東南アジア諸国連合)関連首脳会議、日米首脳会談、そして韓国・慶州で開催されたAPEC首脳会議が終わり、新首相に対する評価がメディアやネットにあふれた。
国際会議の場では多くの参加国の首脳と会談もこなしたが、注目は何といっても日米首脳会談と日中首脳会談だろう。
日米首脳会談では、そのはしゃぎっぷりや「上目遣いで、情けない…」との批判も聞こえてきたが、本質の議論とは大きく外れているので、ここでは無視する。
そもそも「中国を睨んで」日米同盟の強化を目指し、さらにアメリカの理不尽な要求にも満額に近い回答
...moreを用意して臨んだ会談なら、ドナルド・トランプ大統領が上機嫌なのは当然で、それを「良い関係が築けた」とするのはどうだろうか。
同じような状況下で投資の方法をめぐり一括か現金かの交渉で粘り、一方で原子力潜水艦の建造の道筋もつけた韓国の方が、よほどしっかり「外交」をしたといえるのではないだろうか。
日米の場合は、外交云々というより、持ち帰った宿題を如何に国内で調整するかといった話だ。
さて、問題はやはり中国だ。
ギリギリまで会談の有無がはっきりしなかったと報じられたが、中国側の思惑として、最初から門を閉じることは考えていなかったはずだ。というのも、これまでも多くの国で「反中」を掲げて選挙に勝ってきた政権があり、その首脳たちとの会談をこなしつつ、最終的に関係を落ち着かせてきた経験が中国にはあるからだ。
例えば、ここ数年を振り返れば日本より先に右派政権を続々と誕生させたのがヨーロッパの国々だ。イギリスもそうだ。
ここ数年で典型的なのはイタリアのジョルジャ・メローニ首相だ。
政権を取るまでは中国に対する厳しい論調の目立つ人物だったが、現下の状況を見る限り中国とイタリアの関係は良好で、むしろメローニ政権下で関係が加速したといっても過言ではない。
つまりこれまで「反中」的姿勢を持つ政権と中国がどう接してきたかを参考にすれば、政権を担った後に一度、従来のデータをリセットし、模様眺めに入るという手順を踏んできたことが分かるのだ。
つまり今回は試運転期間だ。
では結果はどうだったかといえば、やはり黄色信号が灯ったようだ。
日中首脳会談後に日本のメディアにあふれた新首相の外交への評価で最も多かったのは「率直に言うべきことを言った」というものだったが、気になったのは尖閣や日本人拘束、レアアースといった問題と、香港やウイグル、南シナ海の問題が並列で語られたらしい点だ。
メディアの扱いがそうなのか、実際に現場でそうだったのかは定かではないが、もし後者であれば深刻だ。
台湾代表とも会談し中国側を激怒させた高市首相
尖閣や日本人拘束、レアアース規制がテーマであれば「率直に言う」のは当たり前で、それを褒める意味も不明だ。むしろ机を叩いても良いくらいで、それは中国側も理解する(当然反論はするが)だろう。
だが香港やウイグル、南シナ海問題となれば話は違ってくる。中国の目には完全に内政干渉で、日中共同声明に記された約束を日本が公然と反故にしたと映るからだ。
もちろん日本に力があれば中国が怒っても無視すればよかったのだが、いまの力関係は客観的に見て、そうではない。
それ以前の問題として理解し難いのは、高市外交が何を目指しているのか、だ。「率直に言う」ことなど、後先考えなければ誰にでもできる。その場で取って食われるわけでなく、安全圏から強気を装うだけの話だ。
問題は、そのしわ寄せがどこかに行くかである。高市はAPECに来ていた台湾代表とも会談し、中国側を怒らせた。高市個人はそれで面子が立つのだろうが、日本としての国益はどうだろうか。
今後もし中国が高市政権を見限れば、次には何が起こるのだろうか。過去の事例から推測すれば、まず首脳会談が開催できなくなるはずだ。
中国市場では、欧米や韓国などと競争する日本企業への影響が及ぶだろう。日本へ利益を持ち帰ろうと奮闘している企業は後ろから弾を撃たれるはめになる。
中国がもし本気でレアアースを規制し日本に圧力をかけてきたらどうするのか。トランプ政権ですら慌てたのだから日本が困るのは必至だ。首脳会談もできなければ、問題解決の糸口さえ見つからないだろう。
いま中国の自動車市場は世界一で、アメリカ市場の約2倍だ。そこから日本企業が追い出されることになっても「率直に」言えて良かったと日本人は思うだろうか。
翻っていまもし欧州全体にレアアースの問題が持ち上がっても、メローニが訪中すれば問題は解決へと向かうだろう。
これが外交のできる首相とそうでない首相の差だといえば分かりやすいだろうか。
ちなみに日中首脳会談を詳報した中国メディアは当然のこと高市が「率直に」語った内容などは無視して、その多くを中国側が「釘をさす」内容に費した。
問題は中国メディアの報道で高市が「台湾問題に関して、日本は1972年の日中共同声明の立場を堅持する」と発言したと紹介されたことだ。
繰り返しなるが、高市はその直後に台湾のAPEC代表と会談した。日本にあふれる「『理解し尊重する』は、『認めた』とは違う」という論理が本気で通用すると思っているのなら、それはちょっとお目出度い脳みそだといわざるを得ない。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2025年11月2日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録下さい)
image by: 首相官邸
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同艦は、第一次世界大戦中の1915年3月
2026年秋の中間選挙を控え、トランプ政権は対中強硬姿勢をアピールしようと関税戦争を仕掛けました。強気の姿勢で臨んだトランプ外交でしたが、中国が静かに仕掛けた“持久戦”の前に崩れ去りつつあるとジャーナリストの高野孟さんは見立てています。高野さんは自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で今回、米国の自滅を加速させている習近平の戦略とはどんなものか探っています。
習近平に軽くあしらわれて退散したトランプ外交のお粗末/戦わずして勝つ孫子の兵法にやられた?
11月1日付「日本経済新聞」が、30日に行われたトランプ米大統領と習近平中国国家主席との会談について「米、自滅した対中貿易戦争/トランプ流に3つの失敗」と書いたのは全くその通りで、今年2月に米国が中国製品の締め出しと145%の関税率を宣言して一方的に仕掛けた対中貿易戦争は、この日、「戦わずして人の兵を屈するは善の善」という習の孫子の兵法の前にあえなく完敗した。
●3つの戦術的失敗
日経が「3つの失敗」と言うのは……
第1に、米国市場の力を過信した関税主義。
米国は確かに世界GDPの25%を占める巨大市場を持つが、その買い手としての力で関税カードを振り回せば中国はじめ世界をねじ伏せられると思うのは大きな間違いで、例えばレアアースは市場規模60億ドルで世界GDPのわずか0.005%だが、そのほとんどを支配する中国がそれを止めれば米
...more国も世界もなす術がない。
第2に、単独主義の誤りで、日本や欧州など同盟国やカナダ・メキシコなど近隣国にも当たるを幸い関税戦争を仕掛けた結果、すっかり孤立してしまい、中国包囲網を作ろうにも誰もついて来ない。
第3に、26年秋に中間選挙を控えそれまでに“成果”を得ようと短期主義に出ざるを得ない米国に対して、中国は持久戦を構えているので、中国はトランプを焦らすだけ焦らして譲歩を引き出すことが出来る。
中国の第2期トランプ政権への見方は、米国がこの先、衰退していくのは確実で、そのような米国と「共存」を目指すことに意味はなく、強硬的な持久戦で衰退をさらに促すのが得策で、その際「トランプ個人が最大の弱点」だと見抜いている。そうとは知らぬトランプは、習との会談前にSNSに「G2はまもなく招集されます!」などとノー天気に投稿していた。その結果として、会談で米国が得たのは「中国の大豆購入とレアアース供給の再開にとどまり、目的とする国際貿易の不均衡是正は全く進展しなかった」(上記日経)のである。
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●中国は大豆輸入先を戦略的に分散
中国はトランプの一時145%という高関税の発動に対する報復として米国産大豆の輸入をストップした。昨年は、米国の大豆輸出の約半分にあたる126億ドル(約2兆円)を買ってくれた最大顧客だというのに、今年はゼロで、農家は悲鳴をあげている。ゼロは極端だが、こうなる前から中国は大豆について過度の米国依存を改善すべくブラジル産の輸出を継続的に増やし、とりわけトランプの関税戦争発動が予想されるとブラジルから買えるだけ買って在庫を積み上げて備えた。
また最近はアルゼンチンからも大量に輸入するなど、供給先の分散を戦略的に進めてきており、今回の首脳会談で輸入再開が合意されたとしても、昨年までの量を回復することは難しいだろう。
大豆産地はトランプ当選に貢献した「赤い州」と重なっており、トランプとしては中間選挙までに「ほら、中国と厳しい交渉をやって輸入再開を約束させてきたぞ」と言える状況を作りたいのだが、うまく行くかどうか。再開された時にはブラジルやアルゼンチンに対中輸出シェアを奪われている公算が大きい。
●レアアースを止められたらお手上げ
トランプ関税への対抗措置として中国はレアアースの供給をストップした。
それがどれほどの意味を持つのか、トランプは全く理解していなかったようで、レアアース供給の9割を支配し、とりわけその中の6種の希土類(ヘビー・レアアース)と希土類磁石(レアアース・マグネッツ)を完全支配している中国にそれらを止められたら他のどこにも振り変えることができない。「ドローン、自動車、航空機、風力タービン、多くのエレクトロニクスおよび軍事装備などの製造が影響を受け、いくつかの米国の工場は閉鎖を余儀なくされる。
何しろ、たった1隻の潜水艦を作るのに4トンのレアアースが必要なのだ」(NYタイムズ1日付、ニコラス・クリストフ「アメリカは中国との貿易戦争に負けた」)。
クリストフによれば……
▼トランプの貿易脅迫は、案に相違して彼自身が脅迫される結果となり、そのため彼は中国の機嫌を取って妥協しようとし始めた。
▼トランプは(新しい関税措置を打ち出すどころではなく)関税を元に戻した。中国へのチップ輸出のルールを緩和した。ティックトックが米国内で操業することを認めた。台湾総統の訪米を差し止め、報道によると台湾への武器売却を延期した。
▼シンクタンク「米国進歩センター」が言うとおり、「トランプ政権の中国へのアプローチは戦略的な急降下状態に陥った」のである。
▼偉大なる軍事戦略家である孫子は2600年前に兵法書にこう書いた。「百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」と。これこそが習近平が今考えていることだろう。すなわち、レアアースという新しい貿易支配力を用いれば、ミサイルを1発も打つことなく西太平洋により多くの軍事力を展開できるし、トランプに台湾支援を削減し南シナ海でのパトロールを減少させるよう促すこともできると。……
こうして今回のトランプの第2期で初めてのアジア訪問は、他のことはともかく中国との交渉に関する限り、手酷い敗北に終わった。教訓ははっきりしていて、関税だけで世界を動かそうという着想は、貿易というものを「量」だけで見て「質」の面を見ていなかったという点で、余りに間抜けだったということである。
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