旧ソビエトのアルメニアの議会は3日、ICC=国際刑事裁判所の加盟に必要なローマ規程を批准しました。ICCはウクライナへの軍事侵攻をめぐりプーチン大統領に対して逮捕状を出していることからアルメニア側の決定をロシアは批判していて、両国の亀裂が深まっています。
欧米諸国からの強力な支援を受け反転攻勢を続けるウクライナと、攻撃の手を緩めることのないロシア。先日開かれた国連安保理の会合でも両国は非難の応酬を繰り広げましたが、戦争はこのまま泥沼化の一途を辿るしかないのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、「停戦を実現する可能性を諦めていない」として、国連でのラブロフ露外相の言葉を引きつつその理由を解説。さらにこれから2~3週間がその「ヤマ」であるとの見方を記しています。
ウクライナ戦争停戦のラストチャンスか。露外相の意外な国連での発言
2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻直後、この戦いは数日のうちにロシアの圧勝で終わり、ロシアの条件下での停戦合意ができるという見込みが強く存在しました。
しかし、実際には今日に至るまで、およそ580日強にわたって両国間での戦闘は続き、ロシアによる一方的な支配地域を巡る攻防は一進一退の状況で、ロシア・ウクライナの当事者たちも、ウクライナの背後にいる欧米諸国とその仲間たちも、この戦争の長期化を見込んだ対応を取り始めています。
欧米諸国とその仲間たちから膨大な支援を受け、ロシアに対する反転攻勢を強め、【2014年の国境線まで領土を回復する】ことを目標に掲げているウクライナのゼレンスキー大統領は、支援を受け、その支
...more援がウクライナの生死を左右する命綱であるがゆえに、ロシアに対して振り上げ、国際社会を味方につけるために掲げた拳を下げるチャンスを逸しています。
NATO加盟を希望し、今夏開催されたNATO首脳会談でNATO加盟に向けた動きが始まるものとの期待は、NATO諸国の首脳たちが抱く「ロシアとの直接的な戦争に巻き込まれたくはない」という堅い意志に阻まれ、しばらくは加盟申請に関する議論さえ始められない始末です。
NATOからは「戦闘中の国家の加盟申請を受けることはできないため、状況が落ち着くまでは議論は開始しない」という回答が寄せられましたが、それは実質的にウクライナ政府にロシアとの停戦協議を持つことを要求すると理解され、ゼレンスキー大統領が掲げる「全土奪還」という究極目標の達成に向けた動きとは相反する内容となるため、ウクライナは大きなジレンマに陥っていると思われます。
「現時点ではロシアと停戦協議のテーブルに就くことは不可能」という立場を表明し、欧米諸国とその仲間たちから供与された最新鋭の兵器(例:英国からのストームシャドーミサイル)を投入して、ロシア軍に占領されているウクライナ国内の都市にあるロシア軍施設や、ロシア国内の空軍基地などへの攻撃を激化させる行動に打って出ています。
その狙いは「できるだけ早期に、ウクライナにとってできるだけ有利な条件で停戦に持ち込むための政治的な土台を確保する」ことと考えられます。
士気を保つためと、欧米諸国とその仲間たちからの継続的な支援の確保のために、表立っては非常に高い軍事的な目標を掲げざるを得ない状況になっているものの、実際にはかなり状況は苦しく、欧米諸国とその仲間たちからの支援の途絶は、ウクライナの存続の可否(生死)を決定づけることに繋がるため、ロシアに対する反転攻勢は継続しつつも、現時点では「完全なるvictoryの追求」や「2014年、または1991年時点の国境ラインまでの回復」といった長期的な目標の追求よりも、「まずは一旦、停戦する環境を整えること」に政策的・戦略的な優先順位が移っているように見えます。
その背後には、来秋に大統領選挙と議会選挙を控えるバイデン政権とアメリカ連邦議会からの圧力が存在し、「現実的な対応を早急に望む」という、先週のワシントンDC訪問時にバイデン大統領や議会関係者からゼレンスキー大統領に伝えられた意向とも重なるものと考えられます。
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ウクライナの「クリミア半島奪還」はあり得るか
では「ウクライナにとって有利な政治的な環境」とはどのような状況を指すのでしょうか?
多数の関係者から寄せられる分析を見てみると、それは「クリミア半島の奪還に向けた環境づくり」という答えにたどり着きますが、そのために「ウクライナ南部地域(ロシア本土からクリミアを繋ぐ回廊)の寸断を行い、クリミア半島のロシア軍と親ロシア派勢力への補給路を断つことが出来るか否か」が大きなカギになります。
英国の情報機関の分析では、ここ2週間から3週間の間に、ウクライナ軍がウクライナ南部の回廊を遮断することが出来るか否かにすべてがかかっているとのことです。
もしウクライナ軍による反転攻勢作戦を通じて、ロシアにとっての回廊を寸断し、クリミア半島をロシア本土と切り離すことが出来れば、近未来的にクリミア半島をロシアから奪還する土台が整うということにあります。
そうなれば予想外に早期の停戦を実現する可能性が高まりますが、その際に必ずと言っていいですが、ウクライナサイドがロシアに突き付ける“停戦のための条件”は【クリミア半島のウクライナへの返還とロシア軍の完全撤退】という内容になるはずです。
ロシアが“その”時点でウクライナ側の要求を検討するかどうかは、ちょっと次元の違うお話になりますが、その素地、つまりそのような要求をロシアに突き付ける条件がそろった時点で、ウクライナとしては欧米諸国とその仲間たちに対して【継続支援こそが、ロシアの野望を打ち負かす最低かつ必要条件である】という要求ができる最低条件となります。
仮に今後の反転攻勢がうまく行き、クリミア半島の帰属・返還を議題に挙げ、ロシアを停戦協議のテーブルに引きずり出すことが出来たとして、“クリミア半島の奪還”の実現可能性はどれほど考えられるでしょうか?
長期的なタイムスパンで見た場合、もしかしたら可能性は出てくるかもしれませんが、欧米諸国とその仲間たちが望む“今年中の解決・停戦協議の開始”という短期的なタイムスパンで見た場合、実現可能性、つまりロシアサイドがこれを話し合うことに合意する可能性は極めて低いと考えます。
その理由はプーチン大統領の政治的な理由にあります。
プーチン大統領への非難が強まっていた2014年に、電光石火の作戦でクリミア半島を奪い、ロシアによる実効支配を実現したことは、自身の支持率の急回復と政権基盤の盤石化に繋がった貴重なレガシー、そして権力の象徴として捉えられているため、これを失うことは、ほぼ疑いなくプーチン大統領の政治的神通力の著しい低下を意味することになりますので、来年3月に大統領選挙を控えるプーチン大統領がクリミアを手放すことに合意することは、まず考えられません。
クリミアに関わる要求がウクライナから寄せられた場合、起きうるシナリオはロシアによる戦闘レベルアップであり、クリミア死守のためには戦闘・戦争のエスカレーションも辞さないという姿勢から、ロシア軍による大規模同時攻撃がウクライナに対して行われることにつながると思われます。
核兵器の使用をプーチン大統領は思いとどまる傾向にありますが、ロシア政府内で勢力を拡大し、発言力を増す強硬派に押されて、これまでの【使用を厭わない】という威嚇から、【使用に向けた最終段階への移行】という極限の緊張状態に向かうかもしれません。
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独立宣言下で合意したウクライナ領土を露が認める可能性も
ただよりあり得るのは、ウクライナ南部とクリミア半島周辺にウクライナを引き付けておき、キーウをはじめとするウクライナ中部とポーランドなどの中東欧諸国との国境線に近い都市に対する一斉ミサイル攻撃の連日の実施で、圧倒的な実力差をウクライナに思い知らせ、ウクライナ政府が欧米諸国とその仲間たちの協力を受けて実施する【ウクライナは徐々に前進している】という情報戦略による効果も一気に叩き潰すという作戦に出るのではないかと考えます。
その表れに、先週、国連総会および特別安全保障理事会会合にロシア代表として参加したラブロフ外相は「交渉による解決は今のところは考えられず、ウクライナが戦争で雌雄を決するというのであれば、ロシアは受けて立つ。戦場でぜひ解決しよう」と発言し、ロシアはこの戦いにおいて一歩も退かず、目的を完遂するという決意を表明しています。
これだけ見ると、もう平和的な解決の糸口など存在せず、ロシアもウクライナもとことんまで戦い、著しく消耗し、何らかの形でこの戦争に決着がついた際には、どちらも復興不可能なレベルまで破壊されているのではないかという状況を想像させられますが、本当にもう立つ瀬はな...
ロシアのプーチン大統領はウクライナの4つの州の一方的な併合を正当化し、軍事侵攻を続ける姿勢を改めて示しました。一方、ウクライナのゼレンスキー大統領はアメリカなど各国の軍需産業と連携し、国内で兵器を製造していきたい考えを示し領土奪還を目指す構えです。