過度の贅沢の代償は、いつだって破滅です。
ドイツのヨハネス・グーテンベルク大学(JGU)で行われた研究により、感染したアリの寿命を3~7倍に伸ばし、女王以上の超VIP待遇で働かずに生きていけるようにしてくれる「お得な寄生虫」についての分析が行われました。
この寄生虫は感染したアリの血液に抗酸化タンパク質を自ら分泌することでアリの寿命を延ばし、作業分担やカーストに影響を与えるアリのタンパク質の生産量を増加させることで、他のアリから「溺愛」されるように操作を行っていました。
感染アリは準不老を達成し、アリの世界で受けられる最大の贅沢を味わえるようになります。
しかし自然界では無償で受けられる恩恵ほど、恐ろしい結果に結びつくものはありません。
寄生虫が感染アリを長寿化したのも女王を超えるVIP待遇を受けられるようにしていたのも、全てはその後に待ち受ける残酷な運命のためでした。
研究内容の詳細は2023年5月22日にプレプリントサーバーである『bioRxiv』にて公開されました。
目次
感染したアリを7倍長生きさせ女王以上のVIP待遇にする寄生虫寄生虫は「感染アリを高級食材」にしてキツツキに移動するのが最終目標寄生虫が感染アリを長寿でVIPにする方法
感染したアリを7倍長生きさせ女王以上のVIP待遇にする寄生虫
寄生虫に感染されたアリは寿命が3~7年に拡大し、巣に引き籠ってニート化を
...more起こします / Credit:Canva . ナゾロジー編集部
寄生虫の感染の多くは、個体レベルで望ましくないのが普通です。
たとえばサナダムシに感染すれば、食べても栄養が横取りされてしまい、宿主となる人間は痩せていってしまいます。
ダイエット目的でサナダムシを飲む人も過去にはいましたが、近年では本来寄生すべき腸ではなく脳に寄生したり、幼虫が内臓で大繁殖して臓器を破壊したりと、命にかかわる症状が起こることがわかっています。
また蚊によって媒介される寄生虫「マラリア」は、特効薬であるキニーネが開発される以前は致死的な感染症として知られていました。
このように寄生虫の多くは宿主の健康を害し、一方的な利益を貪る内部からの捕食者となっています。
しかしヨーロッパに生息するアリ(T.nylanderi)に感染する寄生虫(A.brevis:条虫の一種)は驚くべきことに、アリ本人に多大な恩恵を与えてくれます。
通常の働きアリの場合、生涯働き通しで寿命は1年ほどとなっています。
しかし、この寄生虫に感染されたアリは寿命が3~7年に拡大し、巣に引き籠ってニート化を起こします。
また感染ニートアリは長寿化したことで常に体が若々しく薄色で、体を覆う外骨格も柔らかく柔軟になっており、見た目的にも特殊化していきます。
寄生虫「A.brevis」は宿主を後で食べるといったこともなく、ひたすら長寿と繁栄(VIP待遇)をもたらしてくれます。 / Credit: SUSANNE FOITZIK / JOHANNES GUTENBERG UNIVERSITY MAINZ
しかも驚くべきことに、感染していないアリたちは感染ニートアリを巣から追い出さないばかりか、女王を超えるVIP待遇をするようになり、絶え間なく食べ物を運び、体のお手入れを手伝い、徹底的に甘やかします。
寄生虫は「感染アリを高級食材」にしてキツツキに移動するのが最終目標
多くの場合で寄生虫が宿主に利益を与えるのは、後で自分が食べるために太らせるのが目的です。
しかし寄生虫「A.brevis」は自分自身が宿主を食べるといったこともなく、ひたすら長寿と繁栄(VIP待遇)を感染アリにもたらしてくれます。
ではそんな寄生虫「A.brevis」はどこからやってくるのでしょうか?
その答えはアリたちの天敵「キツツキ」の糞にありました。
アリ(T.nylanderi)たちには栄養価の高いキツツキの糞を集めて巣に運び、幼虫たちのエサにする習慣があります。
このときキツツキの糞と一緒に寄生虫の卵がアリ幼虫の体内に入り込み、後の感染ニートアリとなります。
寄生虫「A.brevis」にとってアリは中間宿主に過ぎず、大人になって卵を産むのは最終宿主であるキツツキの体内に入って以降です。
つまり寄生虫「A.brevis」は「キツツキ」➔「キツツキの糞」➔「アリ」➔「キツツキ」というサイクルを繰り返し、生活していると言えるでしょう。
寄生虫「A.brevis」は「キツツキ」➔「キツツキの糞」➔「アリ」➔「キツツキ」というサイクルを繰り返し、生活している / Credit: Juliane Hartke et al . Long live the host! Proteomic analysis reveals possible strategies for parasitic manipulation of its social host . bioRxiv (2023)
このサイクルを完了するには感染ニートアリがキツツキに食べられる必要があります。
もしキツツキの襲撃がなければ、感染ニートアリは長い寿命をずっと楽しめるでしょう。
しかし自然界はそう都合よくありません。
永遠に続くと思われ得た感染ニートアリの優雅な生活も、ついに終わる時が来ました。
感染ニートアリが属するアリ(T.nylanderi)たちは通常、木の幹や枝、どんぐりの中を巣にしているのですが、このような住処は天敵となるキツツキからの襲撃を受けやすい場所でもあります。
キツツキの襲撃を受けるとアリたちの住処である木が破壊され、容赦なく捕食されていきます。
このとき長寿を誇る感染ニートアリは、その特性全てが仇になります。
キツツキの襲撃が数年おきのレアイベントであっても、長生きの感染ニートアリはキツツキの襲撃に遭遇する確率が格段に高くなります。
そして「まるで狙ったかのように」感染ニートアリの体はキツツキにみつかりやすい薄色で、若々しく太っており、キツツキが食べやすいように外骨格が柔らかく、長年の引き籠り生活ゆえに満足に逃げれません。
つまり感染ニートアリはキツツキにとっての「極上のエサ」の要件を完璧に満たしています。
アリとしては準不老とも言える寿命を得て女王を超える超VIP待遇を受けてきた感染ニートアリの最後の役目は襲撃者に「食べられること」だったのです。
子供向けのおとぎ話にするにはブラックジョークが効き過ぎた結末と言えるかもしれません。
研究者の何人かは寄生虫とアリの関係を「悪魔との契約みたいだ」と感想を述べています。
感染ニートアリの最後の役目は襲撃者に「食べられること」 / Credit:Canva . ナゾロジー編集部
しかし主人公「感染ニートアリ」が食べられた以降も話しは続きます。
感染ニートアリの死後、アリの体内にいた寄生虫はキツツキの体に入り込んで大人になり、寄生虫の卵をキツツキの糞にまぜて放出するようになります。
そして、アリたちはその糞を集めて幼虫に食べさせ、新たな感染ニートアリを作り出します。
感染ニートアリが如何にして誕生し、いかにして最後の役目を果たすかを調べた研究は2021年に『Royal Society Open Science』に発表され、大きな反響をうみました。
しかしこのときは寄生虫「A.brevis」が感染したアリにもたらす変化が確認されただけで、いったいどんな仕組みで寄生虫がアリを長寿化・ニート化・VIP化させていたかは不明のままでした。
そこで今回ヨハネス・グーテンベルク大学の研究者たちは感染ニートアリ生成の謎の解明に挑むことになりました。
寄生虫「A.brevis」はいったいどんな魔法を使ってアリの精神と体をあやつったのでしょうか?
寄生虫が感染アリを長寿でVIPにする方法
研究者たちは普通のアリと感染ニートアリの血液(体液)を採取し、内部に含まれるタンパク質を分析することにしました。 / Credit:Canva . ナゾロジー編集部
いかにして寄生虫「A.brevis」はアリを長寿化・ニート化・VIP化したのか?
謎を探るべく研究者たちは普通のアリと感染ニートアリの血液(体液)を採取し、内部に含まれるタンパク質を分析することにしました。
すると263種のタンパク質が寄生虫から放出され、感染ニートアリの血液に含まれていることが判明。
その多くは機能不明なタンパク質であり、他のどんな生物にも存在しないものでした。
一方、機能が解読できたタンパク質の中で際立って多かったのが2種類の抗酸化タンパク質でした。
過去に行われた細胞レベルの研究では、抗酸化物質には細胞やDNAの劣化を遅く...
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