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アメリカのプリンストン大学(Princeton University)で行われた研究によって、「記憶が残りやすい部屋」と「そうでもない部屋」がある可能性が示されました。
研究者たちは「新しい記憶をぐらつかずに引っかけておきたいなら、それを支えるしっかりした土台が必要なのです」と述べています。
また研究では「記憶が残りやすい部屋」かどうかを、脳の活動から事前に数値として予測できることも示されました。
出来事の記憶が行われる前に、舞台で勝負が始まっているというのは非常に興味深い視点です。
研究内容の詳細は2026年01月02日に『Nature Human Behaviour』にて発表されました。
目次
場所の違いで記憶力に差は出るのか?小さくて窓のある部屋は記憶に強い場所選びの努力が記憶を支える
場所の違いで記憶力に差は出るのか?
場所の違いで記憶力に差は出るのか? / Credit:Canva
卒業以来はじめて母校の教室に入ったとき、当時の情景が一気によみがえった…そんな経験はないでしょうか。
場所と思い出は切り離せない関係にあります。
転んでひざをすりむいた校庭、告白してフラれた帰り道、初めて一人で入ったコンビニ。
出来事だけでなく、そのとき立っていた地面や、見上げていた天井まで、妙に鮮明に浮かんできます。
記憶の研究でも、こうした「場所の力」は昔から知られていました。
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「ある場所で覚えたことは、同じ場所に戻ると想起しやすい」ということが実験的に確かめられているのです。
映画やドラマなどで「思い出の場所」を訪れた主人公たちの脳裏に過去の映像が浮かぶシーンが流されることがありますが、それは科学的にもある程度裏付けがあるわけです。
人の体験をつかさどるエピソード記憶(体験の記憶)は、内容だけでなく、そのときの空間と結び付いていると考えられているからです。
では、場所によって「記憶の土台」としての有用性に差があるとしたらどうでしょうか。
また脳活動を調べることで、事前に記憶に有利な場所を科学的に予測できるのでしょうか?
小さくて窓のある部屋は記憶に強い
被験者は23種類の部屋を対象に記憶テストを行いました / Credit:Spatial contexts with reliable neural representations support reinstatement of subsequently placed objects
記憶に有利な場所は予測できるのか?
答えを探るために、研究チームはまずVR空間で23種類の部屋からなる建物を用意しました。
建物には大小さまざまな形・テーマの23部屋があり、それぞれ背景音楽や装飾も異なるよう工夫されています。
まず参加者はヘッドマウントディスプレイを装着してこの仮想空間を体験してもらい、次いで部屋の映像を見た時の脳活動パターンを測定されました。
その後、各部屋に新しい物体(リンゴやキャンディーなど)が1つずつ置かれ、参加者は再びVR内を巡ってどの部屋に何が置かれたかを覚えてもらい、その後でどれだけ鮮明に思い出せるかのテストが行われました。
すると、部屋を見た時の脳活動が安定していた部屋のほうが、思い出しているとき、脳の中で物体のイメージがより強く再現されていました。
言い換えると、ある部屋について脳が毎回安定した「地図」を作れていれば、新たに結びつけた物体の記憶が鮮明に再現される傾向がみえてきたのです。
しかもこの関係は、「その部屋の脳内表現がどれだけ再現されていたか」を統計的に取り除いても残りました。
つまり、「部屋を強く思い出せたからついでに物も思い出せた」という単純な説明では足りず、もっと奥深い部屋の表現そのものの質が、物体との結びつきを強くしている可能性が高いと考えられます。
記憶は単に覚えているかだけではなく鮮明さも重要です / 今回紹介している研究では、参加者はどの部屋の物についてもほとんど間違えずに言い当てられる状態でしたが、それでも脳の中をのぞいてみると、部屋によって「その物体のパターンがどれくらい力強くよみがえっているか」がかなり違っており、この違いを「記憶の鮮明さ」の一種として測定対象にしました。/Credit:Spatial contexts with reliable neural representations support reinstatement of subsequently placed objects
さらに研究者たちは、事前に測定した脳活動の“指紋”さえ分かれば、「この部屋に置いた情報は覚えやすいか」をある程度予測できることがわかりました。
これは「新しい知識を身につけるには、まず土台となる知識の地図がしっかりしていることが大事」という直感的な事実を裏付けています。
これらの結果は、脳はどの場所でも一律に情報を記憶するのではなく、“記憶しやすい場所”と“そうでない場所”があることを示唆しています。
では脳にとって「良い記憶の足場」とはどんな場所なのでしょうか。
研究チームが各部屋の特徴と脳パターンの関係を詳しく分析したところ、脳活動パターンの信頼性が特に高かった部屋には共通点がありました。
それは部屋が小さいこと、部屋の形が複雑(隅が多いこと)、そして窓から外の景色が見えることでした。
言い換えれば、閉ざされた空間より小ぢんまりしていながら外界ともつながりのあるような空間が、脳内に際立った表現を残しやすいようなのです。
場所選びの努力が記憶を支える
場所選びの努力が記憶を支える / Credit:Canva
今回の研究により、空間的な文脈(場所)の神経表現の質を定量化することで、その場所が新たな記憶の足場としてどれほど有用かを事前に“診断”できる可能性が示されました。
言い換えれば、脳内に構築された「場所の地図」のクオリティ次第で、新しい出来事の記憶のされやすさが左右されると考えられます。
これは記憶研究の分野で長年考えられてきた「既有の知識や文脈が新しい記憶を支える」という考え方を支持しつつ、すべての場所が同じように機能するわけではないことも明らかにしました。
ただ、だからといって今すぐ引っ越しを考える必要はありません。
今回の実験は仮想空間内で行われたものであり、現実世界でどこまで同じことが言えるかは慎重に検証する必要があります。
それでも、脳の状態を調べて「記憶に有利な場所」を見極めるという今回のアプローチは、学習や記憶障害の分野で大きな可能性を秘めています。
例えば「新しい知識を習得する前に、まず基礎となる知識の地図(マップ)をしっかり固めておくことが重要だ」という示唆が得られます。
また、記憶力を高めるトレーニングや教材開発において、どのような環境を用意すれば効果的かを科学的に設計できるかもしれません。
さらにこの理論が本当に広く再現されていけば、「どんな教室やVR教材が学習に向いているか」「高齢者や患者さんのリハビリ空間をどう設計すると記憶を支えやすいか」といった問いに、脳のデータから答えられる日が来る可能性があります。
もしかしたら未来の世界では、新しい勉強を始める前に、自分に合った「記憶に有利な場所」を脳のデータから選ぶのが当たり前になっているのかもしれません。
全ての画像を見る元論文Spatial contexts with reliable neural representations support reinstatement of subsequently placed objectshttps://doi.org/10.1038/s41562-025-02379-zライター川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。編集者ナゾロジー 編集部...