トランプ氏の大統領就任と同時に切られた米中貿易戦争の火蓋。そんな「トランプ2.0」の対中姿勢は、バイデン政権は言うに及ばず第1次トランプ政権時と比べても大きく変化しているといいます。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では著者の富坂聰さんが、トランプ大統領が「関税」によって何を成し遂げようとしているのかについて考察。さらに中国が第2次トランプ政権の動きを静観している理由を紹介しています。※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:早速コングを鳴らした米中貿易戦争でトランプの狙いは何なのか(上)
トランプの狙いは何なのか。火蓋切られた米中貿易戦争
貿易戦争に勝者はない──。
ドナルド・トランプ米大統領が2月1日、メキシコとカナダ、中国からの輸入品に新たに関税を課す大統領令に署名した。これを受けて、世界に大きな衝撃が走った。
冒頭のセリフは、関税の対象となった国々や、これから課されることが予告された国・地域、または関税の影響を避けられない国々の政治家らが口々に唱えたものだ。
バイデン前政権下で激しさを増した米中対立のなかでは、まるで中国の専売特許だった警句を、いまでは多くの国の政治家が繰り返すようになった。これもトランプ効果と呼ぶべきだろう。
同時にこの言葉が合言葉のように世界に広がったのは、米中対立の様相が変化したことも象徴している。
実は
...more、アメリカの対中攻勢は、前政権との違いだけでなく、前回のトランプ政権(トランプ0.1)時と比べても大きく変わってきているのだ。
まず、バイデン政権時との比較だ。本メルマガの読者には既知のことだが、バイデンは特定のハイテク分野で徹底した中国排除を、同盟・友好国と連携して実行するという手法を用いた。それがいま、同盟・友好国、敵対国の区別なく関税を駆使してアメリカは自国利益の追求にまい進している。
米紙『ニューヨーク・タイムズ』が2月2日付の記事で、トランプ政権の選択を「史上最も愚かな貿易戦争」と表現したのは、アメリカ国内にも関税の混乱が及ぶことや、同盟・友好国との信頼関係さえ傷つけてしまいかねないことを懸念したからだ。
トランプが、自ら「タリフマン」と公言する「関税」によって何を成し遂げようとしているのか。
トランプ自身、1月31日の記者会見で、〈「一時的、短期的な混乱はあるかもしれない」と認めている。だがその一方で、「関税によってわが国はとても豊かに、とても強くなる」と強調〉(CNN)している。
関税が目的なのか、一般的に言われる「ディール」の一種なのか。
少なくとも2月4日に予定されていたカナダとメキシコの輸入品に対する一律25%の関税措置は、両国の反応に満足し、で1カ月間延期された。
中国からの輸入品に対する一律10%の追加関税は、2月4日から予告通り実施されたが、越境EC業者をターゲットにした小包向けの「デミニミス」免税措置(800ドル未満の小包を対象とした関税免除=少額小包免税)の廃止は、わずか1日で撤回された。
カナダとメキシコのケースは、両政府が国境警備を強化し、アメリカに流入する移民やフェンタニルを防ぐことに予算を付けたことが評価されたと伝えられる。
中国のTemuやSHEINを狙ったとされる少額小包免税は、もともと「小包大量流入は監視が難しく、違法品や危険物が含まれている可能性がある」(Bloomberg)ためだとも説明されてきたので、フェンタニルとの関係が取り沙汰されている。
ホワイトハウスのカロリン・リーヴィット報道官も、「トランプ大統領は、中国がアメリカ国内にフェンタニルを流通させることを許すつもりはない」と語り、「過去4年間、中国が前例のない形でフェンタニルをわが国国境に流通させたことに対する報復関税だ」と断じている。
即座に打ち出した対抗措置。際立っていた中国の反応
つまり、素直に考えれば関税発動の裏にはフェンタニルがあると理解されるのだ。
だが、国境対策の強化にいち早く動いたカナダとメキシコに比べ、中国の反応は際立っていた。
フェンタニル問題で何の動きも見せなかったどころか、即座に対抗措置を打ち出したからだ。
そもそも中国はフェンタニル問題で外国にできることは限られているとの立場だ。
顕著なのは中国公安部の反論だ。
(中国は)米国側の要請に応じて、2019年に世界に先駆けて正式にフェンタニル類物質を規制対象に加えた。しかし米国はいまだに規制対象としていない。中国が規制対象にした後、米国側から中国由来のフェンタニルを押収したという通報を受けていない。
フェンタニル危機の根源はアメリカ自身にあり、国内の麻薬需要を減らし、法執行協力を強化することこそ根本的な解決策だ。他国に責任を押しつけても真の解決にはならない。それどころか麻薬取締分野における中米の協力と信頼を損なうことになる。(2月2日)
つまり中国はアメリカが本気でフェンタニルに取り組んでいるとは考えておらず、これも対中プレッシャーの単なる道具の一つとみているのだ。
実際、カナダとメキシコが勝ち取ったのは1カ月間の延期に過ぎず、その場しのぎだ。
ましてや対中国の少額小包免税廃止の撤廃は、流通の混乱が思った以上に広がったことで調整を余儀なくされただけの話だ。
結局のところトランプが望む「中国に対する圧倒的な優位な立場なのだろう」を手に入れるまで中国への攻撃は収まらないのだ。
そして先に書いたように、今回の対中攻勢はトランプ「0.1」とは比べようもないほど練られているのだ。
少額小包免税廃止では不発に終わったが、中国の痛いところを突く戦略だったことは間違いない。
トランプ政権の顔ぶれも「0.1」ではベテランで高官レベルの人材が多く登用されていたが、今回は若手中心で、政策提案よりもトランプの政策を忠実に実行するためのメンバーをそろえたと中国は受け止めている。
1月7日の記者会見でグリーンランドの買取に意欲を示したのはレアアースなど資源が目当てとされる。その野心はロシア・ウクライナ戦争の解決に絡み、ウクライナの持つ鉱物資源に言及したことで裏付けされた。
それらはいずれも中国との対立が深刻化した後のデカップリングを視野に、備えていると見ることもできるのだ。
だが、不思議なことに中国は、こうしたトランプ「2.0」の動きに一喜一憂はしていない。むしろ静観している。
それはなぜなのか。清華大学国際関係研究所のヤン・シュエトン名誉所長は米誌『フォーリン・アフェアーズ』に「トランプを恐怖とみなしていない」と書いているが、その理由として「1期目から多くを学んだ」からだと解説している。
重要な指摘だが、加えてもう一つ見逃せないのは、長期的な対立は避けられないと中国が覚悟したと思われる点だ。中国は国際社会のなかで自らが取るべきポジションを定め、その点でも自信をもち始めている。
次回はその背景について触れてゆきたい。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2025年2月9日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録ください)
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