注意欠如・多動症(ADHD)への理解が深まる一方で、医師の診断がないまま「自分もADHDかもしれない」と感じる人もいます。」
こうした状況に対して、カナダのトロント大学(University of Toronto)の研究チームは、ADHD啓発が健康な若者の自己診断にどのような影響を与えるのか、そしてその副作用を減らす方法はあるのかを実験的に検証しました。
研究成果は2025年11月10日付で『Psychological Medicine』誌に掲載されています。
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ADHD啓発は「誤った自己診断」を増加させるが、「ノセボ効果」教育が中和に役立つADHD啓発にノセボ効果の教育を追加するだけで「啓発の副作用」を低減できる
ADHD啓発は「誤った自己診断」を増加させるが、「ノセボ効果」教育が中和に役立つ
若者の間でADHDに関する情報が急速に広まり、それによって本来は健康な人が自分もADHDだと誤認するケースが増える可能性があります。
ADHDの代表的な特徴として知られる不注意や気の散りやすさは、多くの健康な人にも日常的に起こり得る体験です。
そのためADHDに関する情報をたくさん受け取っていくうちに、普通の心身の変動を「臨床的な問題」と誤解してしまうのです。
この誤認に関わるメカニズムとして注目されたのが「ノセボ効果」です。
ノセボ効果とは、薬理作用のない偽薬を与えられた人が「...more副作用が出るかもしれない」という不安や期待によって、本当の身体症状を感じてしまう現象として知られています。
つまり、否定的な期待が症状の感じ方や解釈を変えてしまう点が特徴です。
研究チームは、このノセボ効果がメンタルヘルス啓発の文脈でも働き、健康な若者が自分を不必要に「病気」とみなす要因になっているのではないかと考えました。
そこで今回の研究では、18〜25歳の若年成人215人が参加しました。
参加者は事前にADHDの診断基準を満たさないことが慎重に確認され、過去の精神疾患や神経疾患の診断歴がある人も除外されました。
そして参加者は、「ADHD啓発のみを受ける群」、「啓発の前にノセボ効果を学ぶ短いレクチャーを受け、啓発後の振り返りも組み合わせた群」、そして「対照として睡眠と夢について学ぶ群」の3つにランダムに分けられました。
ADHD啓発では、症状の説明や当事者の体験動画に触れ、受講者が自分の経験と照らし合わせて考える構成が用いられました。
その結果、ADHD啓発のみを受けた群では、ワークショップ前に約30%だった「自分はADHDだと思う」人の割合が、受講直後には約58%に跳ね上がり、1週間後でも52%と高止まりしました。
一方、ノセボ教育を組み込んだ群では直後の増加幅が小さく、1週間後には約35%まで下がり、対照群とほぼ同じ水準に戻りました。
そして重要なのは、どの群でも報告されたADHD症状そのものには変化が見られなかった点です。
つまり、啓発によって症状が悪化したのではなく、健康な人の自己診断や自己理解の向きが短期間で大きく変わり得ることが示されました。
では、この結果からどんな理解が得られるでしょうか。
ADHD啓発にノセボ効果の教育を追加するだけで「啓発の副作用」を低減できる
今回の結果が示すのは、症状に関する情報が「知識」として頭に入るだけでなく、日常の体験をどう意味づけるかという枠組みを変えてしまう可能性です。
注意が散る、疲れやすい、集中が続かないといった感覚は、睡眠不足やストレス、学業の負荷などでも生じる、ごく普通の揺らぎです。
しかしADHDの症状としてそれらを学んだ直後は、これまで「いつものこと」と受け止めていた体験が、急に「医学的なサイン」に見えてしまうことがあります。
この“見え方の変化”こそが、メンタルヘルス領域におけるノセボ効果の重要な側面だと考えられます。
一方で、啓発の前にノセボ効果の仕組みを短く説明し、さらに啓発後に「大学生に一般的な経験として理解できる」という枠組みを補強する振り返りを入れるだけで、誤った自己診断の上昇は長期的に抑えられました。
これは、メンタルヘルス啓発のメリットを損なわずに、副作用だけを小さくできる可能性を示す実用的な成果です。
つまり、啓発を縮小するのではなく、伝え方を洗練させることで、支援が必要な人を見落とさず、不要な不安や誤解も減らすというバランスが可能になるのです。
大学のオリエンテーションや授業、オンラインの啓発資料にこの仕組みを組み込めば、情報の受け手が「症状の説明」をより落ち着いて扱えるようになると期待されます。
ADHDに限らず、似た構造を持つメンタルヘルス領域でも、同様の“安全装置”が役立つ可能性があるでしょう。
全ての画像を見る参考文献Study shows that ADHD awareness may lead to increase in false self-diagnosis, but intervention can helphttps://www.eurekalert.org/news-releases/1105551Learning about the “nocebo effect” prevents false ADHD self-diagnosis, study showshttps://www.psypost.org/learning-about-the-nocebo-effect-prevents-false-adhd-self-diagnosis-study-shows/元論文Inform and do no harm: Nocebo education reduces false self-diagnosis caused by mental health awarenesshttps://doi.org/10.1017/S0033291725101979ライター矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。編集者ナゾロジー 編集部...
2025年11月26日
報道関係者各位
大阪医科薬科大学
家族性高コレステロール血症(FH)の診断と治療の最前線を総括 ― 国際共同研究により、FH医療の現状と今後の課題を提示 ―
『The Lancet Diabetes & Endocrinology』誌に総説論文を発表
大阪医科薬科大学 医学部 内科学Ⅲ教室(循環器センター)の斯波真理子(Mariko Harada-Shiba)特務教授らは、世界のFH(家族性高コレステロール血症)研究を牽引する専門家らとともに、FHの最新の知見と今後の展望をまとめた総説論文を発表しました。本論文は2025年10月22日、国際的医学誌『The Lancet Diabetes & Endocrinology』にオンライン掲載されました。
論文タイトル:“Recent advances in research and care of familial hypercholesterolaemia”
著者:Raul D. Santos, Samuel S. Gidding, Mafalda Bourbon, Iulia Iatan, Mariko Harada-Shiba, Frederick J. Raal, Antonio J. Val...morelejo-Vaz, Albert Wiegman, Gerald F. Watts
掲載誌:The Lancet Diabetes & Endocrinology(オンライン掲載日:2025年10月22日)
DOI:10.1016/S2213-8587(25)00286-4
■総説の概要
本総説では、FHの疫学、遺伝学、診断基準、臨床経過、治療法、実装科学に基づく医療モデルの最新情報が網羅的に整理されています。FHは、出生時からLDLコレステロールが高値を示し、若年期から動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)を発症する代表的な遺伝性疾患です。従来は「1/500人」に発症すると考えられていましたが、最新の大規模疫学研究により、一般人口の約1/300人がFHの遺伝的素因を有することが明らかになっています。
■論文の概要
論文では、FHの早期診断の重要性に加え、遺伝子解析技術の発展やPCSK9阻害薬・ANGPTL3阻害薬など新規脂質低下療法の導入によって、これまで治療が困難であった重症例(ホモ接合体FH)においても血中LDLコレステロール値を大きく低下させることが可能になったことが示されています。一方で、世界的に見てもFHの認知度や診断率はいまだに低く、適切な治療に到達できない患者が多数存在することも課題として指摘されています。
さらに本論文では、FHを「精密医療・個別化医療のモデル疾患」と位置づけ、科学的根拠に基づいた診療の普及を促進するために、**実装科学(Implementation Science)**の手法を活用することの重要性が強調されています。これは、診療ガイドラインの策定にとどまらず、医療体制・教育・政策を含めた実際の医療現場への落とし込みを目指す新しい学問領域です。
斯波は、本研究において日本およびアジア地域におけるFH診断と治療の現状、特にスクリーニング体制や診療ネットワークの課題について貢献しました。今回の総説は、世界のFH診療の方向性を示す指標となる重要な成果であり、早期診断・治療を通じた心血管疾患予防の推進に寄与することが期待されます。