将来、人類が広い宇宙を旅することを望んだとき、光速を超える移動手段は避けることのできない必須の技術となるはずです。
アルクビエレ・ドライブは比較的現実味のあるワープのアイデアとされています。しかし、負のエネルギーを必要とする点が大きな問題となっていました。
科学雑誌『Classicaland Quantum Gravity』に掲載された新しい研究は、アルクビエレ・ドライブの物理法則に逆らう負のエネルギーの存在を取り払うことに成功したと報告しています。
これによって、少なくとも物理法則的には達成できるワープ航法の可能性が出てきました。
目次
物質が光速を超えられないなら、空間が移動すればいい超高密度材料で宇宙船を包む?
物質が光速を超えられないなら、空間が移動すればいい
地球からもっとも近い星系はケンタウルス座アルファ星系と言われています。
この星系までの距離は約4.24光年です。
これは光の速度を使えば4年と3カ月程度で行ける距離という計算になりますが、光速は質量を持たない光子だから達成できる物質の限界速度です。
アインシュタインの一般相対性理論によれば、物質は速度を上げるほど質量が増大していき、光速に達した時点で質量が無限大になります。
つまり、質量を持つ私たち人間を含めた通常の物質は、何をどう頑張っても、光速に到達するどころか、それを超えることさえ不可能なのです。
しかし
...more、ここには1つ抜け道があります。
物質が時空間を光速を超えて移動することは一般相対性理論により禁じられていますが、時空間自体が光速を超えて移動することは禁じられていないのです。
それは宇宙が光速を超える速度で膨張しているという事実からも、証明されています。
そこで登場したのが、メキシコの物理学者ミゲル・アルクビエレが1994年に提案したワープ航法「アルクビエレ・ドライブ」というアイデアです。
アルクビエレ・ドライブは簡単に言ってしまえば、宇宙船をワープバブルという時空間の泡に包んで、その泡自体を超光速で移動させてしまうというものです。
アルクビエレ・ドライブの直感的なイメージ。 / Credit:Wikipedia
このアイデアでは、宇宙船の後方で小規模なビッグバン(時空の膨張)を生み出し、前方で小規模なビッグクランチ(時空の収縮)を発生させます。
これにより、ワープバブルに包まれた宇宙船は、光速を超えて動く時空間の波に乗って、サーフィンのように移動していけるというのです。
ワープバブルの中は通常空間と同じ状態が保たれているため、ワープしている宇宙船の乗員と、その外から観測する人たちの間に、いわゆるウラシマ効果のような時間のズレは生じません。
これはさまざまな超光速航法のアイデアの中でも比較的現実味がある理論とされています。
ただ、比較的現実味があるというのは、実現できるという意味ではありません。
時空の収縮や膨張は莫大なエネルギーを必要とするため、現実的とは言えないと言われていますし、なによりこのアイデアは物理法則に従っていません。
一番の問題は、アイデアの肝となるワープバブルを形成するために負のエネルギーを必要とする点です。
負のエネルギーは、量子スケールの変動では存在しているとされていますが、私たちが利用できる形で存在するものではありません。
負のエネルギーを必要とするという前提条件の時点で、物理法則としては破綻したアイデアなのです。
ワープバブルのエネルギー密度の3次元的概略図。色の濃い領域ほど負のエネルギーが大きい。 / Credit:Wikipedia
そこで、今回の研究が提案したのが、この負のエネルギーの利用を回避して達成できる、アルクビエレ・ドライブの新バージョンなのです。
超高密度材料で宇宙船を包む?
アルクビエレ・ドライブの時空の膨張と収縮を示した図。3次元空間を平面で表現していて、面から上に隆起した領域を膨張、下へ落ち込んだ領域を収縮として表現している。 / Credit: Gianni Martire (Applied Physics)
今回の研究チームが提案したのは、負のエネルギーのワープバブルの代わりに、非常に強力な重力場で宇宙船を包むというものです。
このために、宇宙船を超高密度材料の殻で覆うというのが今回のアイデアです。
これによって、少なくとも理論上は、物理法則に違反した負のエネルギーに頼らずとも、宇宙船を時空間の歪みから保護してアルクビエレ・ドライブを実現できるのだといいます。
ただ、物理法則には従っているものの、要の超高密度材料がどういうものになるかは明らかではありません。
彼らの理論によると、ここで必要となる重力場の殻は、地球質量を約10メートルサイズに圧縮した殻でなければならないとのこと。
かなり実現は難しい話のように思えますが、少なくとも物理法則には違反していないので、アルクビエレ・ドライブのアイデアをかなり現実味のあるものに変更したバージョンと言えるようです。
また、今回の研究からはもう1つ、興味深い発見がありました。
アルクビエレ・ドライブでは、必要とされるエネルギーの巨大さも問題となっていますが、ワープドライブで必要とされるエネルギー量は、宇宙船の形状でかなり変動する可能性が出てきたのです。
報告によると、細長い形状の船では必要なエネルギー量は大きくなりますが、幅の広い背の高い船の場合、エネルギーはもっと少なくて済むのだといいます。
ワープドライブでは船の形状で必要エネルギー量が異なる。 / Credit:Sabine Hossenfelder,You Tube
なんだか実現の難しい話を数学で論じているような気がしますが、現在宇宙開発は驚く速度で発展し続けています。
百億光年以上も離れた天体を観測することも可能となっていて、人々の意識は光の速度を超えて遠い宇宙の彼方へまで及んでいます。
いずれ人類が宇宙へ飛び出していったとき、光速を超える技術は避けて通ることのできない必須のものとなるでしょう。
そのときに備えて、少なくとも理論上は実現可能な、ワープ航法のアイデアを科学者は完成させておく必要があるのです。
SF的なアイデアが単なる絵空事と笑われる時代は、終わりを迎えようとしてるのかもしれません。
全ての画像を見る参考文献Physicists believe faster-than-light travel is indeed possible with new warp drive(zmescience)https://www.zmescience.com/science/faster-than-ligh-travle-warp-drive/元論文Introducing physical warp driveshttps://iopscience.iop.org/article/10.1088/1361-6382/abdf6eライター海沼 賢: 大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。編集者ナゾロジー 編集部...
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