「沖縄戦」とは?

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沖縄戦遺品「大橋」印 遺族へ 沖縄蟻の会発見、報道で親族名乗り - 07月12日(日)06:30 

 沖縄戦戦没者の遺骨収集活動に取り組む「沖縄蟻の会」の会員が糸満市与座の第24師団司令部壕で見つけた「大橋定正之印」と書かれたはんこの持ち主の遺族が見つかった。  はんこは同師団輜重兵第24連隊所属の大橋定正少佐のもので、4日付の琉球新報紙面で遺族を捜していることを紹介したところ、次男・定憲さんの妻...
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小6で母と死別した斉藤とも子、思い出すと今でも涙が出る「おばちゃんたちのお弁当」 - 07月10日(金)20:56 

1970年代後半、ドラマ『青春ド真中!』(日本テレビ系)や『ゆうひが丘の総理大臣』(日本テレビ系)をはじめ、多くの学園ドラマで優等生の女生徒を演じ、知的な美少女ぶりが話題を集めた斉藤とも子さん。『若い広場』(NHK教育テレビ)のなかの「マイブック」コーナーでは名だたる有名作家をゲストに迎えて聞き手をつとめ、映画『悪魔が来りて笛を吹く』(1979年)にヒロイン役で出演。結婚、出産、離婚を経て、38歳のときに東洋大学社会福祉学科に入学し、女優としてだけでなく、介護福祉士としても活躍。7月25日(土)にはナレーションをつとめた映画『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』の公開が控えている斉藤とも子さんにインタビュー。17歳◆母の前では絶対に泣かないと決めていた神戸で、医師である父親と専業主婦の母親の次女として生まれた斉藤とも子さんは、1972年、小学校6年生のときに母親をがんで亡くしたという。「母の病気のことはわかっていました。小学校4年生の夏休みに、父と母、4歳の妹と淡路島に行って、船釣りをしたり、民宿みたいなところに泊まって、すごく楽しかったんですけど、帰ってきてすぐに母が『血便が出る』と言ったんです。それで、ひとりでがんセンターに行って調べてもらって、お医者さんからがんだということを聞きだして、『お母さん、やっぱりがんやったわ』って電話で聞いたのを覚えています。それが小学...more
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米兵に両手挙げ、捕まる 幸地賢造さん 捕らわれた日(26)<読者と刻む沖縄戦> - 07月08日(水)16:44 

 幸地賢造さん(84)=西原町=ら家族が隠れたトーチカのような建造物を米軍が攻撃します。  《避難民も大勢いて身を潜めていた。騒ぎがした途端、弾が撃ち込まれけが人が大勢出た。生き地獄さながらであった。「出てこい、出てこい」という声が聞こえる中、あるお姉さんが腹部をやられ、「あやーよー、あやーよー」...
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<乗松聡子の眼>沖縄戦の記憶 皇軍の加害性を明確に - 07月08日(水)11:41 

 5月15日、コロナ感染対策を理由に、県主催の「沖縄全戦没者追悼式典」の会場が平和祈念公園から国立沖縄戦没者墓苑に変更という県の計画が発表された直後から、県民から反対が続出、2週間後の5月29日に県は、平和祈念公園に戻す方針に切り替えた。  反対の声は主に、沖縄戦で加害者であった国の施設において県民の追...
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米軍、避難先にも攻撃 幸地賢造さん 捕らわれた日(25)<読者と刻む沖縄戦> - 07月07日(火)16:30 

 摩文仁村(現糸満市)糸洲の集落で父の賢盛さんを失った幸地賢造さん(84)=西原町=の家族7人は、同じ民家にいた避難民と共に喜屋武に向かいます。1945年6月中旬のことです。米軍は喜屋武に迫っていました。  《僕ら母親、きょうだいは避難民ともども喜屋武を目指して歩き始めた。喜屋武の集落の西端を過ぎ...
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【動画】32軍司令部壕、内部映像を公開 牛島司令官の孫・貞満さんが本紙に提供 「沖縄戦の悲劇を語り非常に重要」 - 07月11日(土)09:10 

 75年前、沖縄戦で日本軍を指揮した第32軍牛島満司令官の孫、牛島貞満さん(66)=東京都=が、1997年8月に首里の32軍司令部壕に入った時の映像を公開した。牛島さんは「32軍司令部壕の内部を映し出しており、司令部壕をめぐる戦跡保存にとって大切ものだと考えている。多くの方に見ていただき司令部壕...
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収容地区で母が妹出産 幸地賢造さん 捕らわれた日(27)<読者と刻む沖縄戦> - 07月10日(金)16:47 

 喜屋武集落のはずれで米軍に捕らわれた幸地賢造さん(84)=西原町=や家族はトラックで宜野湾村(現宜野湾市)の野嵩収容地区に運ばれます。  収容地区で母カメさんは女の子を生みました。カメさんが臨月を迎えていたことを全く知らなかったといいます。安子と名付けました。「母は強しですね」と賢造さんは語りま...
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<未来に伝える沖縄戦>母と妹置き去り、鬼の心に 波照間信子さん(89) - 07月08日(水)16:12 

 那覇市首里平良町で生まれた波照間(旧姓新里)信子さん(89)は1945年4月1日の米軍本島上陸後に戦火から逃れるため家族で南部へ避難します。途中、砲弾を受け動けなくなった母や幼い妹との別れを経験しました。波照間さんの話を首里東高校3年の菅原琳梨さん(17)と玉城杏莉さん(17)が聞きました。 ■    ■  ...
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沖縄戦体験者の祖母の記憶を楽曲に 沖縄電子少女彩が新アルバム「互いを理解し合える世の中に」 - 07月07日(火)17:00 

 沖縄市出身のミュージシャン沖縄電子少女彩(19)がこのほど、アルバム「NEO SAYA(ネオ・サヤ)」(インフォガレージ)をリリースした。ボーナストラック2曲を含む全14曲を収録。税込み2750円。  アルバム名は、ロックや民謡などをミックスさせた楽曲を収録し一世を風靡(ふうび)した坂本龍一のア...
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特定の歴史観を県民に押し付け… 沖縄の言論空間を支配する“悪弊” 基地や歴史に関する自由な議論を阻害 - 07月06日(月)20:00 

 1945年、沖縄戦の組織的戦闘が終結した6月23日は沖縄の「慰霊の日」とされ、県は恒例の沖縄全戦没者追悼式を開催した。ところが、今年は会場の選定を巡り、後味の悪い“事件”があった。
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