宝塚歌劇団(兵庫県宝塚市)の俳優急死から30日で2カ月。遺族側は過重労働とパワハラが原因と訴え、労働基準監督署が調査に動いた。だが歌劇団側はパワハラを一貫して否認...
日本を代表するエンタテインメント集団である宝塚歌劇団と、東北唯一のプロ野球球団として地元6県民から愛されている楽天イーグルス。そんな彼らを蝕んでいた「ハラスメント」問題が今、メディアを賑わす状況となっています。これらの問題で批判の対象となっているのは、日本の社会に広く見られる「先輩後輩カルチャー」だとするのは、米国在住作家の冷泉彰彦さん。冷泉さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で今回、「先輩後輩カルチャー」の悪弊を解説するとともに、消去法ではない、正しい「改革法」を具体的に提示しています。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2023年11月28日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
消去法では不十分。宝塚や楽天「先輩後輩カルチャー」を正す方法
長い歴史を保ってきた宝塚歌劇団が厳しい批判に晒されています。現時点では社会的批判の強さということでは、ジャニーズ事務所の問題を上回りつつあるようですが、単に厳しい批判を浴びているだけでなく、問題の質に違いがあるようです。というのは、今回の宝塚の問題は日本の社会に広く見られる様々な問題を含んでいるからです。
それは、「先輩後輩カルチャー」そのものが批判の対象となっているからです。また「先輩後輩カルチャー」ということでは、東北楽天の安楽投手についても、「行き過ぎたパワハラ」
...moreが暴露され、自由契約になるかもしれないとされています。こうした動きは、かなり注目すべき動向だと思います。
ただ、今回の議論が「行き過ぎた上下関係は良くない」とか、「ハラスメントやいじめは良くない」といった、「程度問題」や「消去法」で終わらせるのであれば、それは不十分です。勿論、いじめやハラスメントは根絶しなくてはなりません。ですが、問題の本質は別のところにあるのです。
その本質に迫っていかないのであれば、日本社会全体を時代の要請と、新しい世代の可能性を活かすような改革に持っておくことは難しくなると思います。今回の事件は、日本の「先輩後輩カルチャー」の持っている本質的な問題にメスを入れる、そのような機会にしなくてはなりません。
この「先輩後輩カルチャー」の最大の問題は、リーダーシップにおける自動的な権力付与という問題です。つまり、年齢や経験年数という「あまりに単純な客観基準」によって、上下関係を決定し、上位の人間に自動的に権力を付与するという社会慣行にあります。
要するに、リーダーシップに関する知識がなく訓練もされていない人物に自動的に権力を付与しているだけということです。現代のリーダーシップというのは、下位の人間の自発的なモチベーションを引き出して、チームのパフォーマンスを最大化することにあります。これと表裏一体となるのが効率の最大化です。
効率の最大化というと、コストをケチってブラック労働を強いるというイメージがありますが、違います。チームのメンバーの時間、体力、心理的消耗を最小化しつつ、アウトプットを最大化する、これを計画の高度化とプロセスの合理化を組み合わせて実現するのが現代のリーダーシップです。
つまり、個々人の自主的なモチベーションを引き出しつつ、タスクの全体は高度な合理性によって個々人の負荷の最小化とアウトプットの最大化が図られることが必要です。この両輪、つまり正しい意味での組織の効率と、メンバーの自発性が相乗効果を発揮するときに、チームのパフォーマンスとメンバーの満足度は同時に最大化されます。
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組織の潜在能力と効率を最小化する先輩後輩カルチャー
先輩後輩カルチャーによって、そのようなリーダーシップの基本すら教えられていない人材に、1年経験が長いというだけで自動的に権力が与えられて、結果を求める圧力が加えられる、そうなれば、その「先輩」は強制力を暴言で表現するマネジメントに追いやられます。その結果として、チームの潜在的な能力は引き出されず、またメンバーの心理的な満足度は低くなり、体力や精神面での消耗は激しくなります。
宝塚の場合は、入場料を取って演劇を見せる集団ですし、楽天の場合はプロ野球チームです。ということは、どちらもプロ集団です。プロのプロである根拠というのは、そこに経済が介在し、そしてその経済によって関係者が生活しているということです。であるならば、チーム全体が正しいリーダーシップによって、最大限の潜在能力を発揮して、より多くの観客の支持を得ると同時に、メンバーの負担は最小化されるように持っていかなくてはなりません。
更に「先輩後輩カルチャー」というのは、教育訓練に関する誤解を含んでいます。教育訓練というのは、経験者が未経験者の上位に立って、自分の経験則を無反省に押し付けるものではありません。別の言い方をすれば、あるタスクの経験者イコール、教育訓練ができるという考え方は間違っているのです。
現在の人間社会は、複雑でありかつ激しいスピードで変化しています。また、国や社会にもよりますが、封建制や強権政治を脱して、個々人の尊厳が尊重される社会でもあります。こうした社会における、教育訓練というのは少なくとも次のような原則に基づいて行われるものです。
「経験者が経験則を押し付けるのではなく、原理原則と、具体的なスキルを分け、その上で最新の教授法を身につけた専門家が指導するべきだ」
「人間関係としては、指導者は学習者と対等であり、相互に適切な距離を取り、相互に信頼関係を取り結ぶことが結果的に教育訓練の効率を最大化する」
今回の宝塚の事件は、報道されている限りにおいては、このようなリーダーシップの定義と、教育訓練における原理原則が全く理解されていないことを示しています。安楽投手の問題も、リーダーシップというものが、全く理解されていないという点では変わりません。
つまり、「先輩後輩カルチャー」というのは、何となく「ハラスメントを生みがち」だとか「上下関係が行き過ぎている」というだけでなく、組織全体の潜在能力と正しい意味での効率を「最小化」する、全く間違った社会慣行だということを示しています。
解決策としては、「上下関係を緩める」ということになっていますが、それでは全く不十分です。例えば、宝塚の場合に、先輩の乗っている阪急電車には、下級生は頭を下げて電車を見送らなくてはならないという慣習があったそうです。現代の価値観では、こんなものを放置していては、阪急電車のイメージも下がるし、沿線の地価にも影響するわけで、どうやらこの慣行は禁止になったようです。
ちなみに、このような「目に見えるパワハラ体質」というのは、「先輩」という自動的に「権力パスを手にした」人間が、実は何のスキルも人格力もない劣等感の塊だということが「誰の目にも明らか」であるわけで、これでは沿線の地価が下がっても全く不思議ではありません。
ですが、そのような「過度の上下関係はダメ」というような消去法では全く不十分なのです。そうではなくて、上級生が「下級生のモチベーションを最大化するように支援する」ということ、そして「指導は経験則のコピーではなく、指導スキルのある人間が質の高い指導を行う」ような改革が必要です。
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有機的な統合がスカスカになったビジネスの現場で行われるべき改革
野球に関しても同じです。高校の野球部では古い体質からの脱却を図って、個人主義や科学的なトレーニングなどを導入し、人間関係は対等にしているところもあるようです。つまり、「ハラスメント問題には消去法で対応」しているわけです。
ですが、野球というのは勝負です。やはり勝っていかなくてはならないし、それを勝負至上主義だとして否定してはプレーする側も、見る側も全く面白くありません。そうではなくて、「先輩やリーダー」というのは、フォロワーのモチベーションを最大化するための「縁の下の力持ち」であり、そのような「徹底支援」の態度を見せることで、初めてメンバーは心を開き、組織が有機的な結束力を持つのです。
そのような「積極的なリーダーシップ」の理解を広めて行かねばなりません。もっと言えば、ビジネスの現場もそうです。「パワハラはダメ」だとか「人格だけでなく機能の関係性まで対等」にしてしまえ、ついでに「人間関係の距離も安全のために思い切り広げてしまえ」というようになって、組織としての有機的な統合がスカスカになった組織は全国に山程あると思います。
それもまた間違いなのです。正しいリーダーシップ、ハイレベルの指導スキルの普及と実践により、有機的なチームの結束を各人の自発的...