武力応酬の泥沼化が懸念されていた状況が一転、各国メディアが「電撃的」と報じたイランとイスラエルによる停戦合意。トランプ大統領は米軍によるイラン核施設への攻撃が戦争を終結させたと強調していますが、果たして中東地域に和平は訪れるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、イランが停戦を受け入れた背景を考察。さらにその裏に渦巻く中ロ等の「思惑」を分析・解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:世界に和平は訪れるのか?-渦巻く各国の思惑と狙いが生み出す闇
「参ったふり」に「良い人ヅラ」。渦巻く各国の思惑がまた遠ざける世界の和平
「われわれは中東の姿を変える」
これは2023年10月7日のハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃と人質事件が起きた2日後の10月9日に、イスラエルのネタニエフ首相が宣言した内容の一部です。
地域における圧倒的な軍事力と諜報能力を誇るイスラエルは、ガザ地区への苛烈な報復攻撃とハマス壊滅作戦、人質奪還作戦を皮切りに、閣内の極右勢力の要求に応えてヨルダン川西岸地区のユダヤ人入植地の拡大にも勤しんでパレスチナとの完全なる対立を選びました。
その後、イスラエル国家と国民に対する長年の恐怖と脅威を排除するためとヒズボラ掃討作戦も実行し、アサド
...more政権の崩壊の隙を狙ってシリアにも手を伸ばしました。
そしてついに中東における非常にデリケートなパワーバランスを保ってきた宿敵イランに対して攻撃を加え、アメリカによるバンカーバスター投下という軍事的な支援も得て、イランに圧倒的な軍事力の差を見せつけ、まさに中東におけるイスラエル一強状態を確立させました。
しかしこれはまた同時に、周辺国からの不信と警戒感を高め、今後、アラブ諸国によるイスラエルに対する対応に大きな変化が生まれる可能性が強まってきています。
アメリカのトランプ大統領からの“説得と要請”に応える形でイスラエル政府はイランとの停戦に合意し、イランも仲介者であるカタール政府を通じて受け入れる旨、通告したことで一応“停戦”は継続していますが、その停戦内容については明かされておらず、停戦合意がいつまで遵守されるのかは不透明です(イランを慕うフーシー派は先日アメリカとの相互攻撃の停止を約束していますが、対イスラエルについてはそのような合意はなく、もしフーシー派がイスラエルを攻撃したとして、それがイランの影響を受けたものとイスラエルやアメリカが非難するようなトリガーが引かれ、イスラエルがイランを攻撃するということは大いに考えうるシナリオです)。
中東地域の混乱は収まるどころか、イスラエルとイランのパワーバランスの差が歴然とし、かつ経済活動への集中を是とするサウジアラビア王国やアラブ首長国連邦、カタールなどとしてはイスラエルの影響力の助長は好ましいことではなく、今後どのような働きかけをイスラエルに対して行うのかは要注目です。
ただ6月24日に「イスラエルは歴史的な偉業を成し遂げ、世界の並み居る超大国と肩を並べる地位に自身を引き上げた」という発言がネタニエフ首相にとって行われましたが、これは中東アラブ諸国にとっては限りなくレッドラインに近い警戒レベルの発言と捉えられ、今後のイスラエルの振る舞いによっては新たな戦端が開かれることも考えられます。
核保有ドミノ一歩手前まで来てしまった国際情勢の緊迫度
そうならないための最後の砦が、イランが重ね重ね検討している【NPT(核不拡散条約)からの脱退の脅し】がただのブラフで終わることです。
IAEAに対する協力を停止することを先日イラン政府は公式に通達していますが(査察など)、NPTの枠組みについては、その加盟国として振舞うことが欧州からの支援の条件であったことと、さらには中国が仲介して実現したイランとサウジアラビア王国などとの関係改善と外交関係の樹立のバックボーンこそが、イランがNPTの枠組みの中で活動すること、つまり原子力の平和利用の枠内にとどまり核兵器の開発には踏み出さないという共通認識の存在です。
もしイランがNPT脱退を決断した場合、この条件が崩れ、それはかつてのように周辺国による核武装という核軍拡の道を一気に転げ落ちることになりかねません。
恐らく豊富な資金を持つサウジアラビア王国は自国で開発せず、核保有国から(例えばロシアや中国)購入して即配備することが可能でしょうし、アラブ首長国連邦も同じ道を辿る可能性があります。
以前と唯一違うのは、対イラン警戒に加えて、対イスラエル警戒のための核保有という理由の存在でしょう。
このような核開発・核保有ドミノが起きないことを切に祈りますが、実は私たちが直面している国際情勢の緊迫度はその一歩手前のところまで来てしまっています。
そしてその命運を決めるのが【本当にアメリカがイランに投下した14発のバンカーバスターはイランの核開発の夢を打ち砕いたのか?】という“戦果”ですが、完全なる破壊を成果として訴えるトランプ大統領と政権幹部の主張とは違い、米国国防情報局(Defense Intelligence Agency)の分析ではファルドゥのウラン濃縮施設の遠心分離機はほぼ無傷で、かつ60%程度まで濃縮済みのウランはアメリカによる攻撃前に運び出され、その行方・在処は掴めていないのが現状とのことで、そうなった場合、immediate term (近日中)の核保有は遠のいたかもしれませんが、イランの核開発を狙いとは逆に加速させた可能性があります。
かつてアメリカのブッシュ政権から悪の枢軸呼ばわりされた国のうち、アメリカによる攻撃に晒されたのはイラクとイランで、すでに核兵器を保有する北朝鮮に対する米軍による攻撃が行われていないという“偶然”をもとに、イラン国内で核保有を求める声が高まる可能性は否定できないのではないかという分析がまた出始めています。
「アメリカによる攻撃はイランの核開発の可能性の芽を摘めてはいない」という分析結果が信頼できるものなのだとしたら、イランが行うだろうと考えられる戦略は【イスラエルとの停戦を受け入れる】こと以外に、参ったふりをして【アメリカとの核協議に応じて、核開発能力の回復に向けて時間稼ぎする】という、北朝鮮がこれまでに取ってきた戦略に沿った対応を取ることではないかと考えます。
イランにとって重要なのは、ウラン濃縮に関する知見と技術を維持・向上し、NPTの枠内で平和的利用のための原子力の運用を継続する姿勢を保つことですが、ここで注意しているのは、“平和利用”である限りは、どこにもウラン濃縮を禁じる条項はなく、イランは、オバマ政権下のアメリカと当時の欧州各国と合意したイラン核合意内で濃縮を低レベルに保つことにコミットしたものの、その合意はトランプ大統領によって破壊されたため、イラン政府側のロジックからすると【何一つ、イランのウラン濃縮に対する成約は存在せず、これは主権国家としての権利である】という正当化が可能になるということです。
中東の混乱に乗じて一気に攻勢をかけたプーチンの魂胆
「良い人ヅラ」をして着々と超大国化の道を進む中国
イスラエルとイランの戦争が本格化し、せっかく築いてきた中東および東アフリカでのロシア権益が損害を受けることは避けたいという基本的な一線は守りつつも、国際社会の目を中東に惹きつけるためにいろいろな工作を行っていると思われます。
その一つが新生シリアにおける暫定政権による国内キリスト教徒への迫害という事件です。実はこの実行犯が誰なのかはまだはっきりしていませんが、これにより、欧米、少なくとも欧州各国の目がそちらに向けられ、対ウクライナの支援に対する注意が削がれる事態が実際におきました。
新生シリアの現政権は、アサドを追い出したロシアにとっての敵であり、イスラム過激派の顔を持つ現政権をシリアから追い出すための口実と材料を作っているように見えます。
同様の狙いは中国政府にも通じるかと思われます。今回、イランの核施設を破壊するために14基のバンカーバスターを搭載したB2戦略爆撃機群が大西洋を18時間かけて飛行したのと時を同じくして、表向きはカモフラージュと言われた別のB2戦略爆撃機群が太平洋を横断してグアムに配備され、中国と北朝鮮の睨みに用いられているようです。
「何か怪しい動きをしたら、今回のイランへの攻撃と同じく、いつでも狙いに行くよ」というメッセージを北朝鮮と中国に送っているものと考えますが、アメリカとしては、かつてクリントン政権以降スタートし、...