日本の京都大学、名古屋大学、九州大学によって行われた最新の研究で、地球の周りを包む「磁気圏」では、これまで常識とされてきたのとは逆の帯電状態が明らかになりました。
これまで地球の磁気圏は「朝側がプラスで夕側がマイナス」と考えられてきましたが、実はその逆である「朝側がマイナス、夕側がプラス」という帯電状態が主に赤道面付近に広がっていたのです。
この発見は、地球近辺の宇宙環境に関する数十年来の常識を再検討する必要性を示し、宇宙天気予報や他の惑星の磁場環境の理解にも新しい視点をもたらす可能性があります。
なぜ帯電状態の逆が起きるのでしょうか?
研究内容の詳細は、2025年7月10日に『Journal of Geophysical Research: Space Physics』に発表されました。
目次
地球の磁気圏、信じられない『帯電の逆転劇』の謎原因と結果が逆だった?電場と帯電の本当の関係プラズマの流れが生む磁気圏の電気地図
地球の磁気圏、信じられない『帯電の逆転劇』の謎
地球の磁気圏、信じられない『帯電の逆転劇』の謎 / Credit:宇宙空間の電気の偏りはやはり”逆”だった? 地球周辺の宇宙空間における帯電をめぐる謎に迫る
電気の話をするとき、私たちは学校で「プラス(+)からマイナス(−)に向かって電気が流れる」と習いますよね。
これは基本中の基本なので、多くの人が当たり前の
...moreように信じています。
それなら、地球の周りにある宇宙空間――「磁気圏」と呼ばれる磁場のバリアの中で、プラス側からマイナス側へ向かう強い電気の流れがあるなら、その電気のスタート地点は当然プラスに帯電(プラス電荷が溜まった状態)しているはずです。
(※その電場の強さは、地球の磁気圏の端から端までおよそ7万ボルトほどにも達します。)
実際、科学者たちも長い間、そう考えてきました。
地球の磁気圏には朝側から夕側に向かって強力な電気的な力(電場)が存在することが、何十年も前から観測でわかっています。
こうした事実から、磁気圏の朝側(太陽の昇る側)はプラス、夕側(太陽の沈む側)はマイナスという帯電状態になっているだろう、と誰もが納得してきました。
20世紀の中頃から科学者が使ってきた磁気圏の「古典的モデル」というものがありますが、ここでも当然のように「朝プラス、夕マイナス」の帯電が描かれてきました。
この古典的なモデルでは、太陽から吹き付けてくる「太陽風」というプラズマ(電気を帯びた粒子の集まり)の強力な風の影響で、地球の磁気圏は後ろに引き伸ばされたしずくのような形になっています。
そして磁気圏の内部に閉じ込められたプラズマは、この太陽風の影響を受けて地球の周囲をぐるぐると回るように流れていきます。
こうしてプラズマが磁気圏内を「対流」することで、朝側から夕側にかけて巨大な電場が自然に発生すると考えられてきました。
この磁気圏の対流という仕組みはとても重要で、この対流のおかげで、私たちが夜空に見るオーロラの発生や、人工衛星や地球の通信に影響を及ぼす磁気嵐(宇宙天気の大嵐)など、さまざまな宇宙の現象が起きることがわかっています。
つまり、この「朝プラス・夕マイナス」は宇宙天気の理解において、まさに“常識中の常識”だったわけです。
ところが、最近になってとんでもない事実が発覚しました。
2024年、アメリカのMMS衛星という人工衛星が磁気圏内部の電気の分布を詳細に調べたところ、これまでの理解をひっくり返すようなデータが出てしまったのです。
なんと観測結果は、私たちが信じてきた帯電の方向とは真逆、「朝側がマイナスで夕側がプラス」という驚くべきものでした。
これは科学者にとっても青天の霹靂。
今までの磁気圏の電気地図をまるごと上下逆さまにして見なければならない状況になったわけです。
科学者たちは困惑しました。
「これほど強い電場が朝側から夕側に向かって存在するのに、どうして電気の符号が逆になってしまうんだ?」と、頭を抱えることになったのです。
これが本当だとすると、今まで信じられてきた磁気圏の仕組み自体を根本的に見直さなければなりません。
この謎を徹底的に解明すべく、京都大学を中心に名古屋大学・九州大学の研究チームが動きました。
研究チームは最新のコンピュータシミュレーションを駆使して、この不可解な現象に真正面から挑みました。
果たして、磁気圏で起きていたこの「電気の逆転現象」の本当の正体とは一体なんだったのでしょうか?
原因と結果が逆だった?電場と帯電の本当の関係
原因と結果が逆だった?電場と帯電の本当の関係 / Credit:Canva
この謎を解明するため、研究チームはまずコンピュータ上で地球の磁気圏を精密に再現するシミュレーションを実施しました。
シミュレーションと言うと難しく聞こえるかもしれませんが、要するに地球の周囲にある磁場の影響を受けた「プラズマ」という電気を帯びたガスの動きを、コンピュータの中に作り出して観察する手法です。
研究者は「全球磁気流体力学シミュレーション(磁場を伴うプラズマの流れを計算で再現する方法)」という方法を使い、地球周辺の宇宙環境を詳細に分析しました。
ただ、現実の宇宙は常に変化が激しいため、今回は状況を少しシンプルにしました。
具体的には、太陽から地球へ常に一定の強さで吹きつける「太陽風」(プラズマの粒子の流れ)を仮定し、その太陽風に含まれる磁場の向きを一定時間後に南向きに切り替える条件で解析を行いました。
この仮想的な宇宙環境を作った理由は、シンプルな状況で磁気圏の「帯電(電気のプラス・マイナスの偏り)」の謎を明確に調べるためです。
結果は予想通り、このモデルの磁気圏内部にも朝側から夕側に向かって非常に強い電場(電気の力)が現れました。
しかし、磁気圏の内部を詳しく見ると、まったく予想外のことが起きていました。
研究者たちの目を釘付けにしたのは、その電場と並行して示された帯電の向きが想定と逆方向だったことです。
具体的には、磁気圏の赤道付近の広い範囲で「朝側にマイナスの電荷が多く溜まり、夕側にはプラスの電荷が多く溜まる」という、驚きの状態になっていました。
これは数十年間信じられてきた「朝プラス・夕マイナス」という常識と完全に逆の現象ですが、実際に最近の人工衛星観測でも同じ傾向が確認されていました。
ただし、すべてが逆だったわけではありません。
地球の極地近くの高緯度領域では従来の理解どおり、朝側がプラス、夕側がマイナスの帯電が残っていたのです。
磁気圏全体を見ると、極域では従来どおり、赤道面付近では真逆の帯電、つまり「帯電が二層構造になっている」ことが新たに明らかになりました。
この結果を初めて知った人は混乱するかもしれません。
「朝から夕側に電場が向かっているのに、なぜスタート地点の朝側がマイナスなの?」「これって電場の仕組みの常識と逆じゃないの?」と感じるのは自然なことです。
実はここに、この研究の最大のポイントが隠されています。
あえて言い換えるなら、私たちは今まで電気の「原因」と「結果」をまったく逆に考えてしまっていたのです。
研究チームは、今回のシミュレーション結果から非常に重要なことを導き出しました。
それは「磁気圏の中の電場と帯電(プラス・マイナスの偏り)はどちらも原因ではなく、プラズマの流れが生み出した結果である」という結論です。
つまり、磁気圏内を動くプラズマ(電気を帯びたガス)が磁場を横切るように流れることで、まず電場という力が生まれます。
そして、この電場の影響でプラズマが移動し、その流れの中で自然と電気のプラス・マイナスが偏って溜まる――そんな仕組みが明らかになったのです。
京都大学の海老原祐輔教授は、この点をわかりやすく説明しています。
「磁気圏の中で見られる電場や電荷の偏りは、どちらも『原因』ではなく、流れるプラズマが引き起こした『結果』なんです」と話します。
さらに研究では、磁気圏が持つもう一つの興味深い性質も見つかりました。
安定した太陽風が吹き続ける限り、磁気圏内の電場も安定して存在し続けます。
しかしその裏側では、太陽から地球の磁気圏へエネルギーが絶えず一方向に流れ込み続けていることが確認されました。
この状態はちょうど川の流れのように、常に新しい水(エネルギー)が流れ込んでいながら、その流れ自体は一定に保たれているようなものです。
科学的には「動的平衡」(流れやエネルギーのバランスが取れた状態)と呼ばれますが、要は見た目が穏やかでも、実際にはエネルギーが絶えず入れ替わり続ける仕組みだということです。
逆に、この流れやエネルギー...