2026年1月21日
早稲田大学
東京大学
東京学芸大学
蛇紋岩は「非地震性すべり」を暗示 Slow地震と巨大地震の関係の解明に期待
詳細は早稲田大学HPをご覧ください。
【発表のポイント】
●四国の別子・白髪山地域から採取された蛇紋岩※1を使って、地球内部のプレート境界での蛇紋岩の変形機構の解明を試みました。
●蛇紋岩の主要構成鉱物であるアンチゴライト※2が粒界すべり※3と呼ばれる変形機構で変形していることを明らかにしました。これは、プレート境界で蛇紋岩の変形が、地震波をほとんど発生せず有感地震を伴わない「非地震性すべり」※4の挙動であることを示唆します。
●近年、巨大地震との関連が期待されるSlow地震※5を物質科学的な側面からよく理解するために、本研究成果が貢献する可能性があります。
早稲田大学教育・総合科学学術院准教授 兼 東京大学大学院理学系研究科客員共同研究員(本論文執筆開始時:東京学芸大学教育学部講師、現在:同学部非常勤講師)の永冶 方敬(ながや たかよし)と、東京大学大学院理学系研究科教授のウォリス サイモンの研究グループは、沈み込み帯※6のプレート境界から上昇してきた蛇紋岩を解析し、蛇紋岩の主要な構成鉱物であるアンチゴライトが、その結晶粒子の形を大きく変えることなく、粒子の境界(粒界)ですべりながら回転することで、蛇紋岩全体が変
...more形することを明らかにしました。
本研究により明らかになった変形様式(アンチゴライトの粒界すべり)による蛇紋岩の変形は、これまで提案されてきた転位クリープ※7と呼ばれる変形機構と同様に、沈み込み帯の「非地震性すべり」と整合的な振る舞いをすることが予想されます。これは、プレート境界で蛇紋岩がいずれの深さにおいても「非地震性すべり」の挙動をすることを示唆しており、Slow地震と巨大地震の関係理解において、重要な前提情報となります。
本研究成果は国際学術誌「Progress in Earth and Planetary Science」に2026年1月21日(水)に掲載されました。 論文名: Grain boundary sliding as a formation mechanism for the crystal preferred orientation of antigorite: the formation and development of B-type antigorite CPO patterns
図1:沈み込み帯プレート境界において大陸プレート側の上部マントル(ウェッジマントル)に分布する蛇紋岩について、本研究により明らかになった変形の概要図(アンチゴライトの変形機構とつくられる結晶軸の配列パターン)
(1)これまでの研究で分かっていたこと
地球の表層は十数枚のプレートで覆われています。中でも日本列島を含む世界中の沈み込み帯と呼ばれる地域では、プレートが互いに近づき、重い海洋プレートが地球内部へ沈み込んでいます。これらの2つのプレートが接するプレート境界をはじめ、沈み込み帯は地震が頻発する地域と知られています。沈み込み帯の地震現象では特に近年、水が重要な役割を果たしていることが強調されており、地震発生領域における各諸現象に水が与える影響の調査が続けられています。
ウェッジマントル※8と呼ばれる、沈み込む海洋プレートの上盤側のマントル上部は、一般的にかんらん岩※9で構成されますが、かんらん岩に水が供給されることで、ウェッジマントルでは蛇紋岩への変化が広く生じていると考えられています。
かんらん岩から蛇紋岩への変化の実態は、化学反応によって岩石を構成する鉱物の種類が変わることを意味します。鉱物は変形のしやすさなど物理的性質(物性)がそれぞれ異なるため、蛇紋岩への変化によって岩石の物性も大きく変わると予想されます。しかし、かんらん岩の変形機構については長い研究の歴史がある一方、蛇紋岩の変形機構については研究途上です。そのため現在、蛇紋岩は沈み込み帯のプレート境界での地震発生帯の物性を理解する上で、重要な研究対象の一つになっています。
地表より地球内部にある沈み込み帯のプレート境界は比較的高温下にあります。一般的に高温下では鉱物は競合する変形機構の中で、転位クリープと呼ばれる変形機構が卓越する傾向があり、蛇紋岩の主要鉱物であるアンチゴライトでも同様に転位クリープによる変形が支配的であることが提案されています。この転位クリープでは、鉱物のような結晶粒子は形を変えながら、割れずにゆっくり変形します。また変形が進行するにつれて鉱物の粒子形状やサイズの変化に加えて、結晶の向きがそろう結晶軸定向配列(CPO)※10が生じることが知られています。
転位クリープによるアンチゴライトの変形では、剪断される方向に結晶軸のa軸が並行に配列したAタイプと呼ばれるCPOパターン(図1)が形成されることが報告されています。しかし、自然界ではAタイプの他にも複数のアンチゴライトのCPOパターンが形成することが知られており、アンチゴライトCPOの各タイプがどのようにできるのか、その形成機構は解明されていません。
(2)新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法
本研究では、蛇紋岩中の主要鉱物のアンチゴライトが沈み込み帯のプレート境界で、どのようにCPOを形成するのかを明らかにすることを目的としました。
四国・三波川変成帯に分布するウェッジマントル由来の蛇紋岩中に発達する小規模な剪断帯※11に着目しました。剪断帯では、外側から中心部に向かって変形の程度が連続的に変化するため、単一の変形過程に伴う組織変化を詳細に追跡することが可能です。
このアンチゴライトの剪断帯の微細組織を電子後方散乱回折法(EBSD)※12によって解析した結果、剪断帯の内外で粒子形状やサイズに大きな変化は生じていないことが分かりました。これは転位クリープの特徴とは合致しません。そのため、転位クリープ以外の変形機構の存在を検討するため、変形した岩石の中の鉱物の向きを説明するモデルの一つであるMarchモデル [1] の改良版 [2] を理論的に補強し、剪断帯での変形に拡張して適用しました。これらの機能拡張によって、Marchモデルから理論的に予測される粒子の向きを、実際に観察される剪断帯のアンチゴライト粒子の向きと比較することが可能になりました。これによって今回、アンチゴライトの変形機構を決定することができました。
最終的に、剪断帯の微細な変形組織の解析や理論モデルとの比較から、アンチゴライトでは粒子の形状やサイズは変わらずに、互いに粒子の境界ですべりながら回転し配列していく、「粒界すべりと機械的回転」が剪断帯で生じていたことが明らかになりました。この変形機構による剪断帯の形成過程を、岩石全体として見ると、破壊が生じることなく、岩石にかかっていた応力が緩和されていったことになります。
さらに、アンチゴライトの結晶の向きを解析した結果、剪断帯の中心に向かって変形の程度が強くなるにつれて、剪断される方向に結晶軸のb軸が並行に配列したBタイプと呼ばれるCPOパターン(図1)が、形成・強化されていることも明らかになりました。これまでの先行研究から、このBタイプのCPOパターンは世界中の多くの地域の蛇紋岩から報告される最も一般的なタイプであることがわかっています。そのため、粒界すべりと粒子の回転は、本研究と同様に、世界中の沈み込み帯でBタイプのCPOパターンを生じている、アンチゴライトの主要な変形機構であること示唆しています。また、この変形機構ではアンチゴライトで最も摩擦係数の低い結晶軸のb軸が剪断の方向に並ぶため、剪断変形が生じているプレート境界において地震波をほとんど伴わずに進行する「非地震性すべり」の挙動と整合的です。
(3)研究の波及効果や社会的影響
沈み込み帯では、各地で通常の有感地震に加えて、ゆっくりすべる「Slow地震」が観測されています。これらの地震現象やその相互関連を理解するためには、地震断層やその周辺の応力の蓄積・解放など地震の発生過程における物理的背景の解明が不可欠です。一方で、現在活動している地球内部の地震断層を直接観察することは困難です。しかし、かつて地球内部で実際に変形した岩石試料を手にする...
私たちの生活は、気候変動、パンデミック、地域紛争といった世界的な出来事によって、常に予期せぬ影響を受けています。
特に近年は、これらの危機が複雑に重なり合い、食料の供給網が乱れ、食料価格が急騰するという問題が、世界中の家庭に重くのしかかっています。
最近の日本でも、主食である米価格の急騰が大きな問題となっていますが、食料品、特に主食の値段が上がると、日々の食卓から何を減らし、何を諦めるべきか、誰もが頭を悩ませます。
こうした経済危機に伴う食料価格の高騰は、特に成長期の子供たちの健康に大きな影響を与える可能性があります。
そこで、ドイツのボン大学(University of Bonn)開発研究センター(ZEF)の研究チームが、過去の大規模な経済危機を事例として、それが子供に与えた影響について分析を行いました。
彼らが着目したのは、1990年代後半に東南アジア諸国を襲った「アジア通貨危機」です。
当時、特にインドネシアでは通貨が急落し、主食であるコメの価格が地域によっては一時的に2倍以上に高騰するという事態が発生しました。
研究チームは、この危機によって幼少期に食料価格高騰の打撃を受けた子供たちが、成人後にどのような健康状態にあるかを約17年間にわたって追跡調査しました。
その結果、コメ価格の高騰という経済的ショックに晒された子供たちは、成人後も身長が伸びにくくなり、さらに大人になって
...moreから肥満リスクが有意に高まっていたのです。
またこの影響は家庭の貧困度よりも、住んでいる場所が都市部であることや、母親の学歴と関連が高かったという。
この研究の詳細は、2026年1月付けで科学雑誌『Global Food Security』に掲載されています。
目次
経済危機の影響は短期で終わるのか?家庭の貧困状態よりも、都市部と母親の低学歴の影響が大きかった
経済危機の影響は短期で終わるのか?
過去に食料不足や飢饉といった深刻な食料危機が起きた際、子供の栄養状態が悪化し、短期間で年齢の割に身長が低い状態(専門用語:発育阻害/Stunting)が増加することはよく知られています。
しかし、金融危機のようなマクロ経済的なショックが、長期的にどのような影響を与えるかについては、まだ十分には解明されていませんでした。
ボン大学の研究チームは、1997年後半に始まり、インドネシアに大きな打撃を与えたアジア通貨危機に着目しました。
この危機によって、インドネシアの通貨は大幅に価値が下がり、米(コメ)の価格が1997年から2000年の間に地域により最大2倍近くまで高騰しました。
米はインドネシアの主要な主食であり、家計支出の大部分を占めています。
「この米価格の急激な上昇は、危機が去った後も、当時幼かった子供たちの健康に影響を与え続けているのだろうか?」
研究者たちの疑問は、この長期的な影響の有無にありました。
地域の米の価格差を利用した20年にわたる追跡調査
過去にも、アジア通貨危機が子供の栄養に与えた影響については、いくつかの研究が行われています。しかし、それらの先行研究では一貫した傾向は示されておらず、経済危機が子供の成長に長期的な悪影響を与えるという明確な確証は得られていませんでした。
ボン大学の研究チームは、以前の分析の主な問題点は、危機による食料価格の上昇が地域によって深刻度が異なっていたという重要な点を考慮していなかったためではないかと考えました。すべての地域やすべての子供が経済危機によって同程度の影響を受けたわけではないため、そのばらつきを無視すると、危機の影響を正確に捉えられない可能性があります。
そこで、今回の研究チームはインドネシア家族生活調査(IFLS/Indonesia Family Life Survey)のデータセットに着目しました。これは、インドネシアのさまざまな大学と協力してRAND研究所が実施した大規模な縦断的世帯調査で、1993年の初回調査から2014年まで、同じ世帯を長期間にわたって追跡し、個人や世帯の人口統計、健康、栄養状態が調査されていますが、今回の研究において重要なのは、それが地域ごとに詳細に分けて集計されていた点です。
特にこのデータには、米価格の上昇率が地域ごとに異なっていたという情報が含まれていました。
これによって経済危機の深刻度を分けて分析することが可能になったのです。
調査の対象となったのは、危機発生前の1997年時点で0歳から5歳だった約2,100人の子供たちです。
この時期の栄養不足は通常、発育阻害(低身長)やその他の発達障害につながる可能性が指摘されています。
彼らは、これらの子供たちをアジア通貨危機直後の2000年と、さらに成長して若き成人(17歳〜23歳)となった2014年の時点で追跡し、身体測定の結果を比較しました。
米価格が2倍になると「低身長」リスクが3.5%増加した
解析の結果、経済危機時に米価格の上昇率が高かった地域に住んでいた子供たちほど、栄養状況が悪化していたことが明確に示されました。
特に、慢性の栄養不良を示す最も一般的な指標である「年齢別身長Zスコア(HAZ/Height-for-Age Z-scores)」(その年齢の標準的な身長と比べて高いか低いかを示す指標)は、危機後に平均で0.135ポイント減少していました。
特に米の価格が100%(2倍)上昇した地域では、子供が低身長(発育阻害)になるリスクがそれ以外の地域より3.5%増加していました。
これらの結果は、米価格高騰と子供の成長不良に強い関連があることを示しています。
そしてさらに衝撃的だったのが、その影響が長期的に続くことが示されたことです。
成人しても残った「低身長」と「肥満」リスク
危機時に幼少期を過ごした子供たちを2014年に追跡したところ、彼らは成人しても、危機の影響をそれほど受けなかった子供たちと比較して、平均で0.65cm身長が低いという関連性が確認されました。
これは、幼少期に受けた栄養の剥奪によって、本来到達し得るはずだった身長の可能性が奪われてしまったことを示唆しています。
さらに興味深いのは、成人期の「肥満」リスクです。
危機時に3歳から5歳だった子供たちのグループでは、成人後の体格指数(BMI/Body Mass Index)が高くなり、肥満になる傾向が有意に高まっていました。
ここで疑問が湧きます。
危機による栄養不足は「低身長」につながったはずなのに、なぜ成長した後に「肥満」になるリスクが高まってしまったのでしょうか? これは一見、矛盾しているように見えます。
そしてさらに興味深いのが、この影響を受けた子供は、貧困家庭だけではなかったという点です。米価格上昇の影響を受けたのが、貧困家庭ではないというのはどういうことなのでしょうか?
家庭の貧困状態よりも、都市部と母親の低学歴の影響が大きかった
「低身長なのに肥満」の謎:危機が変える家庭の食料戦略
この「低身長と成人後の肥満リスクの同時増加」という現象こそが、今回の研究の核心であり、経済危機の複雑さを示しています。
研究チームは、この現象の背景には、経済危機下での「家庭の食料選択の変化」があると考察しています。
家計が苦しくなると、各家庭は食料の支出を見直す必要に迫られます。
しかし、米はインドネシアの主要な主食です。そのため、米の価格が上がっても、米の消費量自体を大きく減らすのは難しく、多くの家庭では米価格上昇分の支出増加を、他の栄養価の高い食品の買い控えで補った可能性が高いのです。
その際、多くの家庭は肉、魚、野菜、果物といったタンパク質やビタミン、ミネラルなどの重要な微量栄養素を多く含む食品の購入を減らし、安価でカロリーの高い食品(カップラーメンやハンバーガーなど)に頼る傾向が出てきたと考えられます。
その結果、子供たちは、生きるために必要なカロリーは十分足りているにも関わらず、成長に不可欠な微量栄養素が不足する、「新型栄養失調」のような状態(隠れた欠乏状態)が引き起こされたと考えられます 。
この栄養不足が、身長の伸び(線形成長)を妨げ、最終的な身長を低く抑えてしまいます。
しかし、カロリー摂取自体は維持されるか、または安価なカロリー源で補われるため、体重が増えやすい体質、つまり将来的に肥満になりやすい体質になってしまうと考えられるのです。
危機の影響が特に厳しかったのは、都市部と母親が低学歴の家庭
次に、危機の影響を最も強く受けたのは誰だったのかを見ていきましょう。
分析の結果、危機の影響は全ての層に均一に出ていたわけではありませんでした。
① 都市部の子供た...
誰しも、人から否定されたり拒絶されたりすると、少なからずストレスを感じるものです。
逆に、認められたり好意を示されたりすれば、自然と気分は高まります。
こうした「他人からの評価」は、私たちの感情や行動に強い影響を与えています。
中国の北京大学(Peking University)の研究チームは、この社会的評価に対する反応の仕方が、「謙虚さ」という性格特性によって大きく異なることを、脳スキャンによって明らかにしました。
謙虚な人は、拒絶に動揺しにくい一方で、他人から好意を向けられたときのうれしさは、きちんと感じているというのです。
この研究成果は、2025年10月29日付の『Human Brain Mapping』に掲載されました。
目次
謙虚な人は感情に振り回されにくいと判明謙虚な人の脳は、拒絶で過剰に傷つかず、好意を素直に喜べる
謙虚な人は感情に振り回されにくいと判明
この研究の背景には、心理学でよく知られた「自己高揚(Self-enhancement)」という性質があります。
これは自分をより肯定的に捉えて、自尊心や自己肯定感を高めようとする傾向のことです。
確かに、人は基本的に、「自分をよく見せたい」「肯定的に評価されたい」という動機を持っています。
そのため、好意的に見られたり認められたりすると快感を覚えますが、否定的な評価や拒絶には強いストレスを感じがちです。
この
...moreストレスを和らげるため、多くの人は、嫌な気持ちを表に出さないように無理に押さえ込むという対処法をとります。
落ち込んだり腹が立ったりしても、それを顔や態度に出さないようにするやり方です。
しかし、先行研究では、こうした「感情を押し殺す」対処法は、つらさを根本的に減らせないだけでなく、うれしい気持ちまで感じにくくしてしまうことが指摘されてきました。
つまり、「傷つかないようにすると、喜びも減ってしまう」というジレンマが生じるのです。
そこで研究チームが注目したのが「謙虚さ(modesty)」です。
ここでいう謙虚さとは、自信がないことや自己評価が低いことではありません。
自分を社会の中心に置かず、より大きな世界の中の一部として捉える姿勢を指します。
自分だけに意識が向きすぎず、他者の存在や価値にも自然に目を向けられるスタイルです。
研究者たちは、この謙虚さがあれば、否定的評価で過度に傷つくことなく、しかも他人から好意的に見られたときの喜びを失わずに済むのではないかと考えました。
つまり、「拒絶には強く、好かれたときにはちゃんとうれしい」という、感情面で損をしにくい状態が生まれるのではないか、という仮説です。
この仮説を検証するため、研究チームは中国の大学生47人の若い成人を対象に実験を行いました。
参加者は事前に謙虚さの程度を質問紙で測定されたうえで、fMRIという脳スキャン装置の中に入り、社会的評価を受ける課題をこなしました。
実験では「社会的判断課題」と呼ばれる標準的な心理課題が用いられました。
参加者は、仲間のグループの顔写真を一枚ずつ見せられながら、「この人は自分を好きだと思うか」を事前に予測します。
その後で、「好き」「嫌い」という評価が画面に表示されます。
これにより、「予想どおり好かれた場合」「予想どおり嫌われた場合」「予想外に好かれた場合」「予想外に嫌われた場合」という4つの状況が人工的に作られました。
そして分析の結果、まず行動レベルでは、謙虚な人ほど、嫌な感情を無理に押さえ込むような対処をあまり使わないことが分かりました。
さらに、脳活動にも謙虚さの程度による明確な違いが見られました。
謙虚な人の脳は、社会的な評価に直面しても感情に振り回されにくかったのです。
では、その理由をより詳しく見ていきましょう。
謙虚な人の脳は、拒絶で過剰に傷つかず、好意を素直に喜べる
まず注目されたのは、「予想外の評価」を受け取ったときの脳の反応です。
研究では、「予想外の評価」と「予想どおりの評価」を比べたときの脳活動の差と、謙虚さの関係が調べられました。
謙虚さの低い参加者では、この差が大きくなっており、下頭頂小葉や上側頭回といった領域が強く動いていました。
これらの部位は、自分に関係する情報を処理したり、「自分はどう見られたのか」と考え込んだりする際に関与するとされています。
つまり予想が外れたときに、「なぜ自分がこんな評価をされたのか」という思考に強く引き込まれている状態だと言えます。
一方、謙虚な参加者では、同じ「予想外の評価」と「予想どおりの評価」を比べても、これらの領域の活動の差が小さく、有意に弱くなっていました。
研究者はこれを、謙虚な人が評価のズレを過度に「自分の問題」として抱え込まず、より落ち着いて受け止めている神経学的証拠だと解釈しています。
動揺しにくいのは、必死に感情を抑えているからではなく、そもそも自己中心的な考えに引き込まれにくいというわけです。
次に、他人から好意的に見られたときの反応です。
謙虚な人ほど、「好かれたとき」と「嫌われたとき」を比べたときに、腹内側前頭前野や腹側前帯状皮質と呼ばれる、報酬や価値判断に関わる脳領域で活動の差が大きくなっていました。
これは、謙虚であることが「褒められても嬉しくない」ことを意味しないどころか、人から好かれることを、きちんと価値ある出来事として感じていることを示しています。
さらに研究チームは、脳領域同士のつながりにも注目しました。
感情の価値づけに関わる腹内側前頭前野と、行動を抑える役割を持つ下前頭回とのつながりを調べたところ、謙虚な人では、「感情にブレーキを強くかける」のとは少し違うパターンが見られました。
これは、つらい感情を力づくで押し殺すよりも、「こういうこともある」と状況を捉え直すことで、気持ちを整えている可能性を示しています。
行動データでも、謙虚な人は予想どおり好かれた場面で、より高いポジティブな感情を報告していました。
つまり、脳の活動と自己報告の両方から見て、謙虚な人は「拒絶に対しては過剰に傷つかず、人から好かれたときにはきちんとうれしい」という感情パターンを示していたのです。
もちろん、この研究には限界もあります。
参加者が中国の大学生に限られているため、文化差の影響は否定できません。
また、実験は写真と二択のフィードバックによる、比較的単純なやり取りに基づいています。
現実の人間関係は、時間をかけて築かれ、相手との歴史や文脈も絡み合う、より複雑なものです。
今後の研究では、文化の異なる集団を比較したり、長期的な人間関係の中でのフィードバックが、謙虚な人の心と脳にどのような影響を与えるのかを調べていくことが課題になるでしょう。
また、社会不安が強い人などに対して、「一時的にでも自分への注目を下げる」という謙虚さに近い心の持ち方をトレーニングすることで、拒絶への耐性を高められるかどうかも、今後の重要なテーマになりそうです。
自分に過度にこだわらないことが、傷つきにくさと喜びの両立につながる可能性があるという点で、この研究は「謙虚さ」という性格の意味を脳レベルで改めて照らし出したと言えるでしょう。
全ての画像を見る参考文献Brain scans reveal an emotional advantage for modest peoplehttps://www.psypost.org/brain-scans-reveal-an-emotional-advantage-for-modest-people/元論文“Take the Rough With the Smooth”: Modesty Modulates Neurocognitive and Emotional Processing of Social Feedbackhttps://doi.org/10.1002/hbm.70395ライター矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。編集者ナゾロジー 編集部...