健康診断で血圧を指摘されてから、減塩に励んでいる人も多いかもしれません。
スーパーでも「減塩〇〇」と書かれた商品が並び、塩分控えめな食生活を意識するのが今や当たり前になっています。
しかし、塩を減らすことばかりに気を取られていませんか?
実は最近の研究で、「無理に減塩をする」より「カリウムを摂る方が有効」という意外な事実が示されました。
しかもカリウムを摂るために特別なサプリや高価な食材を用意する必要はありません。身近にある「バナナ」でもいいと言うのです。
ただし、カリウムと聞いて不安になる方もいるでしょう。実際、カリウムは尿管結石のリスクと関係する場合があるため、結石の経験者は注意が必要です。
その点にも配慮しながら、この記事では誰でも実践できる血圧ケアの最新知識をご紹介します。
この研究は、カナダ・ウォータールー大学のMadeline M. Stadt氏とAnita T. Layton氏によって行われ、2025年3月に米国の学術誌『American Journal of Physiology – Renal Physiology』に掲載されています。
目次
無理して減塩しなくてもいい?カギはカリウムバナナで血圧ケア?今日からできる簡単カリウム習慣
無理して減塩しなくてもいい?カギはカリウム
Credit:canva
「カリウムを多く摂ると血圧が下がる」と
...moreいう説は、実は今に始まった話ではありません。
1970年代以降、疫学調査や動物実験などを通じて、カリウム摂取と血圧低下の関連は科学的に指摘されてきました。
塩分(ナトリウム)を多く摂ると血圧が上がる一方で、カリウムを多く摂るとこの影響を和らげるということ自体には、以前から観察報告があったのです。
しかし、これまでの研究の多くはあくまで観察的な結果にとどまり、カリウムが具体的にどのような生理的メカニズムで血圧を下げるのか、あるいは男女間でその効果に違いがあるのか、といった点については十分に解明されていませんでした。
特に男女間の性差の影響については、これまでの多くの医学研究で、男性は女性に比べて高血圧のリスクが高く、また塩分摂取による血圧上昇にも敏感であることが知られているため重要なポイントでした。
実際、周囲を見回しても男性のほうが血圧の問題を抱えているケースが多いと感じる人は多いかもしれません。
このように昔からよく聞く説や問題であっても、中身には謎が多いというケースは多々あります。
そのため、この課題に対してカナダのウォータールー大学(University of Waterloo)の研究チームは、より踏み込んだ科学的検証を試みました。
彼らは、腎臓、心臓、血管、自律神経、ホルモン系(RAAS)といった血圧調整に関わる主要な生体システムを網羅した数理モデルを構築し、さらに男性と女性それぞれの生理的特性を反映させた個別モデルを作成して、カリウム摂取が血圧に与える影響を高精度にシミュレーションしたのです。
特に注目したのは、男女間でカリウムの効果に違いが生じるかどうか、またその違いがどの生理機構によって説明できるか、という点でした。
今回の研究では、既存の生理学研究から示唆されていた、閉経前の女性は男性に比べて、腎臓におけるナトリウム再吸収の抑制、血管拡張作用を持つ一酸化窒素(NO)の豊富さ、さらにレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)の働き方の違いによって、塩分負荷や血圧変動に対して耐性が高い可能性がある、という仮説を取り入れ、このモデルに組み込んで検証を行いました。
シミュレーションの結果は、興味深いものでした。
カリウム摂取を増やすと、男女ともに血圧は低下しましたが、男性の方がその効果は大きく、女性ではもともと血圧変動に耐性があるため、低下幅はやや小さいことが示されましたのです。
この成果の意義は、単なる経験則や観察に基づく推測を超えて、血圧調整に関わる生理メカニズムを数理的に再現し、科学的な裏付けを持って「なぜカリウムが血圧に良いのか」を初めて体系的に示した点にあります。
しかも性差を考慮することで、男性と女性で推奨されるアプローチが微妙に異なる可能性も見えてきました。
そのため研究チームはこの研究成果を、一般の人にもわかりやすく伝えるために、「バナナやブロッコリーをもっと食べたほうが、減塩を頑張るより効果があるかもしれません」と語っています。
この発言に、海外のネット上では「バナナ業者から資金提供を受けたの?」と冗談交じりにツッコまれていますが、こうした身近なカリウムの多い食品を意識的に摂ることは、特に男性にとって有効となる可能性がありそうです。
この提案にはきちんとした科学的根拠があり、高血圧に悩む人は特に意識して取り言える価値が十分にあると言えるでしょう。
バナナで血圧ケア?今日からできる簡単カリウム習慣
Credit:canva
では、具体的にカリウムをどうやって増やせばよいのでしょうか。
実は、特別なサプリメントを購入したり、高価な健康食品に頼る必要はありません。
私たちの身近な食材の中に、十分なカリウム源は存在しています。
例えば、
バナナ(1本で約360mgのカリウム)
ほうれん草(おひたし1皿で約400mg)
サツマイモ(中1本で約500mg)
アボカド(半個で約500mg)
枝豆(小鉢1杯で約450mg)
カリウムが豊富な食品 / Credit:canva
これらを普段の食事に少し意識的に取り入れるだけでカリウム摂取量を自然に増やすことができます。
特にバナナは、朝食に1本添えたり、外出先での小腹満たしに使ったりと、手間をかけずに取り入れられる点が魅力です。
また、枝豆やサツマイモのように間食としても楽しめる食材を選べば、無理なく続けることができるでしょう。
そのため研究チームはこの研究成果を一般の人々にもわかりやすく伝えるため、インタビューで「バナナやブロッコリーをもっと食べたほうが、減塩を頑張るより効果があるかもしれません」と語っています。
ただし、注意点も忘れてはいけません。
腎臓に疾患を抱える方や、過去に尿管結石を経験した方は、カリウム摂取を増やす前に必ず医師に相談してください。カリウムは腎臓で排泄されるため、腎機能が低下していると血中カリウム濃度が危険なレベルに上昇することがあります。また、体質によってはカリウムの摂取増加が尿管結石のリスクを高める場合もあり、経験者にとっては再発防止の観点から慎重な判断が求められます。
さらに、ここで一つ重要な注意点があります。
今回紹介したウォータールー大学の研究は、ヒトを対象とした臨床試験ではなく、コンピュータシミュレーションによる解析に基づいています。
このシミュレーションモデル自体も、ヒトの生理データを直接基盤にしたものではなく、動物実験(主にラットのデータ)を人間向けにスケーリングしたものを使用しています。
そのため、今後はヒトを対象にした臨床試験による検証が求められる段階です。
とはいえ、今回の研究は従来の「カリウムが血圧に良い」という経験則を超え、性別による違いも含めた科学的な裏付けを持つという意味で、きわめて価値の高いものです。
また安全に、無理なく、血圧上昇の対策を日常生活に取り入れる方法として、十分な意義があるでしょう。
慢性的な健康問題に対する提言として、悪影響の心配はなく、誰でも簡単に日常で試せるというのは重要なことです。
明日の買い物から、バナナやほうれん草をひとつ多くカゴに入れてみませんか?
小さな工夫が、将来の大きな健康につながるかもしれません。
全ての画像を見る参考文献High blood pressure? Eat more bananashttps://uwaterloo.ca/news/media/high-blood-pressure-eat-more-bananas元論文Modulation of blood pressure by dietary potassium and sodium: sex differences and modeling analysis.https://doi.org/10.1152/ajprenal.00222.2024ライター相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。編集者ナゾロジー 編集部...
「冬生まれの人は風邪に強い」とか「春生まれの人は明るい性格」なんて話、聞いたことありませんか?
実際、誕生した季節と性格や体質の関係についてはいろんな噂があります。
でも今回紹介するのは、そういった“生まれたとき”の話ではなく、「もっと前」、なんと受精した時の季節が、将来の体質や太りやすさに関わっているかもしれないという研究です。
ちょっと不思議な話ですよね。「受精したタイミングが、どうやって今の体に関係するの?」と思うかもしれません。
でも科学者たちは、ある特別な脂肪の働きに注目して、そのメカニズムを解き明かそうとしました。
その脂肪の名前は「褐色脂肪(かっしょくしぼう)組織」です。
この研究は、東北大学や東京大学など日本の研究者たちによって行われ、2025年2月18日に『Nature Metabolism』という国際的な科学雑誌に掲載されました。
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太りやすさは「いつ生まれたか」ではなく「いつ受精したか」で決まる可能性受精のタイミングでなぜ太りやすさが変わるのか?
太りやすさは「いつ生まれたか」ではなく「いつ受精したか」で決まる可能性
私たちの体には「脂肪」と名のつくものがいくつかありますが、実は大きく分けて2種類あることをご存じですか?
ひとつはよく知られている白色脂肪(はくしょくしぼう)。
これはお腹や太ももなどにつく、いわゆる「脂肪」で、エネルギーをため込む役割
...moreがあります。
食べ過ぎたり運動不足だったりすると増えてしまい、太ってしまう原因になります。
もうひとつが今回の主役、褐色脂肪(かっしょくしぼう)です。
これはエネルギーを「ためる」のではなく「燃やして熱に変える」という、ちょっと頼もしい脂肪です。
Credit:食品分析開発センター
寒い環境になるとスイッチが入り、体温を保つためにカロリーをどんどん消費してくれるので、「体内のヒーター」とも呼ばれています。
この褐色脂肪の量や働きには個人差があり、その違いが“太りにくさ”や“エネルギー消費のしやすさ”に影響していると考えられています。
今回の研究では、日本国内の健康な成人500人以上を対象に、体の中の褐色脂肪の働きやエネルギーの使い方を詳しく調べました。
被験者の誕生日からおおよその受精日(妊娠が始まった時期)を逆算し、その頃の気温や一日の寒暖差などを調べました。
そして、「寒い時期に受精した人」と「暖かい時期に受精した人」でグループに分けし、それぞれの身体の特徴を比較したのです。
研究では、褐色脂肪の働き具合を調べるために、陽電子放出断層撮影法(FDG-PET/CT)という特別な画像診断装置が使われました。これは、寒い環境で体がどれくらい糖を使っているかを可視化する方法で、褐色脂肪が活発かどうかを測るのに適しています。
さらに、より日常的に使える方法として、近赤外時間分解分光法(NIR-TRS)という、体の外から褐色脂肪の血流を測る非侵襲的な検査も用いられました。
また、食後のエネルギー消費や、寒さにさらされたときの体の反応(非ふるえ熱産生)も測定し、それぞれのグループで違いがあるかを検証しました。
受精前の親の寒冷曝露が世代を超えて子に伝わり、褐色脂肪と生活習慣病リスクを制御する。 / Credit:東京大学先端科学技術研究センター
結果として、寒い時期に受精した人は、大人になっても褐色脂肪がよく働き、寒さに対してしっかり反応し、カロリーを燃やす力が高いことがわかったのです。
そのため、体脂肪がつきにくく、BMI(体格指数)や内臓脂肪も少ない傾向が見られたのです。
受精のタイミングでなぜ太りやすさが変わるのか?
この不思議な現象には、「エピジェネティクス」という生物学の考え方が関係しています。
エピジェネティクスとは、DNAの設計図自体は変わらないのに、どの遺伝子を働かせるかの“スイッチの入り方”が、環境によって変わるという仕組みのことです。
寒い環境で受精した場合、その寒さが親の精子や卵子に影響を与え、エネルギーの使い方に関わるスイッチの設定が変わる可能性があります。
この情報が、子どもにそのまま受け継がれ、大人になったときの体質にまで影響を与えるのではないかと考えられるのです。
実際、マウスの研究でも、寒い環境にいたお父さんから生まれた子どもは、褐色脂肪が活性化しているという結果が出ています。
この研究は、「太りやすさ」は遺伝だけで決まるわけではなく、生命が始まったときの環境でも変わってくるかもしれない、という新しい視点を示しています。
ただ、受精した時期と言われても自分はどちらに当てはまるのか、即座に理解できません。
そこでざっくりと、いつ生まれの人が太りにくいのかを逆算してみましょう。
この論文は日本の研究のため、日本の気候を基に以下のように季節を分類しています。
寒冷期:10月17日〜翌年4月15日
温暖期:4月16日〜10月16日
このうち、「寒冷期」の期間に受精した人は、より褐色脂肪が活性化している傾向にあるというわけです。
通常、妊娠期間(出産予定日まで)は約266日(約38週)とされます。これをもとに逆算すると、寒冷期に受精した人は7月~1月生まれの人ということになりそうです。
もちろんこの計算は早産や遅産で生まれた人(早産は37週未満、遅産は42週以上)の場合はズレる可能性があります。
双子や三つ子など多胎妊娠も早産になりやすく、出産週数が短くなる傾向があるため、出生日からの逆算では受精日を正しく見積もれない可能性があります。
他にも、帝王切開や誘発分娩を用いた人は受精のタイミングは計算が難しくなります。
なかなか自分の生まれたときの状況はわからないものなので、安易に誕生月から逆算して考えると、予想とズレてしまうかもしれないので注意しましょう。
私たちの“健康”や“体質”を考えるときは、「今どんな生活をしているか」、「どんな環境で生まれてきたのか」だけでなく、「どんな環境で受精したのか」にまで目を向ける必要があるようです。
Credit:canva
現代は気候変動の時代にあるため、もしかしたら、気候変動や都市の環境は、次の世代の体質に影響を及ぼし始めている、という可能性もあるのかもしれません。
体の中の「小さなヒーター」が、いつ、どうやってスイッチを入れられたのか。科学者たちは、その秘密を少しずつ解き明かしながら、未来の健康へのヒントを探し続けています。
全ての画像を見る参考文献受精前の気象環境が脂肪燃焼機能に影響することを発見 ―親から子へと伝搬する褐色脂肪の活性化―https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20250408.htmlYour Body Fat May Be Shaped by The Month You Were Conceivedhttps://www.sciencealert.com/your-body-fat-may-be-shaped-by-the-month-you-were-conceived元論文Pre-fertilization-origin preservation of brown fat-mediated energy expenditure in humanshttps://www.nature.com/articles/s42255-025-01249-2ライター相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。編集者ナゾロジー 編集部...
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