各地に甚大な被害をもたらした台風19号ですが、中でも「セレブタウン」と称される武蔵小杉や二子玉川のタワーマンションを襲った「水害」がセンセーショナルに報道されました。一方、立地については両地と共通点が多い埼玉県川口市のタワマンからは、さしたる水の被害の報告はありません。その差はどこから生じたのでしょうか。前回の記事「洪水を阻止せよ。暴れ川の氾濫防いだ日産スタジアム異次元の備え」で、鶴見川の治水対策を紹介したフリー・エディター&ライターでジャーナリストの長浜淳之介さんが、何が武蔵小杉・二子玉川と川口の明暗を分けたのか、現地取材を敢行し詳細に分析・考察しています。
プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ) 兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)、『バカ売れ法則大全』(SBクリエイティブ、行列研究所名儀)など。
武蔵小杉・二子玉川と川口「タワマン大水害」の明暗が分かれた原因
今年の台風19号は、過去最強クラスと言われ、各地で水害をもたらしたが、首都圏では多摩川水系に被害が集中したのが1つの特徴だ。特に、武蔵小杉と二子玉川は平成になっ
...moreて発展した、庶民が憧れるセレブタウンで、「失われた20年」と言われる日本の停滞期に資産形成した勝ち組が集住する、タワーマンションが立ち並ぶことで知られているが、思わぬ水害に見舞われて脆弱性が露呈している。
一方で、埼玉県の川口もまたタワマンの多さでは引けを取らないが、たびたび洪水を起こしてきた荒川に面し、かつての工業地帯で土地も全般に低くて雨水が溜まりやすい地形であるにもかかわらず、下水道や遊水地の整備が進んで、被災を逃れている。どうして明暗が分かれてしまったのだろうか。
武蔵小杉には11棟のタワマンが林立するが、そのうち2棟で停電が発生し、電動のポンプも使えなくなって水道までもが止まった。
武蔵小杉は東急東横線・目黒線とJR南武線が交差する交通の要地で、川崎市中原区の中心地。ショッピングセンターのららテラス、東急スクエア、ダイエー系スーパーのフーディアムなど、市内でも川崎駅周辺部に次ぐ商業集積を持っている。中原区役所、市立中原図書館も駅前にある。
武蔵小杉駅前のタワマン群
2010年には横須賀線の駅が開業し、現在は湘南新宿ラインに加えて、相鉄線と埼京線への直通電車も停車する。電車で、渋谷、品川、横浜にそれぞれ15分程度と、利便性が非常に高い。
武蔵小杉駅中央口2を出れば眼前にセレブなタワマン群が広がる
元々は多摩川の水利を活かした工場街で、現在は地方や海外に移転した企業も多いが、今も日本電気(NEC)の工場から転用したオフィスビルや研究所などがある。工場ができる前は、下沼部という地名が示すように、多摩川の旧流路であり、水が溜まりやすい低地の湿原だった。
撤退した工場の跡地が、タワマン街となった。ここ10年ほどで急速に発展し、計6,700戸ほどが入居しており、今も建設中、計画中のタワマンも数棟ある人気タウンとなっている。一方で、保育園の数や駅の設備増強が追い付かず、保育園に落ちたとか通勤時の改札口の混雑が半端ないといった、住民の悲鳴が聞こえるようになった。
川崎市上下水道局によれば、武蔵小杉駅周辺部で起こった冠水は、多摩川の堤防が決壊したり、水位が上がって堤防を越水したりしたものではなく、多摩川の水が下水道を通って逆流してきたものだ。なぜなら、冠水した地域には大量の土砂が入ってきており、多摩川から来たと考えられるからだ。
水道局の職員が、10月12日の夜、地域の下水を集めて多摩川に放出する山王排水樋管を閉める前に、中原消防署前と横須賀線口(新南口)バスターミナル入口、2ヶ所の交差点付近のマンホールから、下水が逆流して噴出するのを確認している。武蔵小杉一帯では、最大で1.4mの浸水があった。深刻な災害をよそに、ハイテンションになっている住民もいたようで、海水パンツ姿で浮輪を浮かべて水遊びをする猛者も出現した。
この地域のタワマンはかつての工場街の下水道インフラの上に、建てられている。台所、トイレ、風呂などの生活排水も雨水も一緒に、下水処理場に送られる旧型の合流式下水道を採用。大雨が降って下水処理場の能力を超える場合は、その分の生活排水と雨水が多摩川に放流される仕組みだ。
今回は放流しようとした下水が、多摩川の水位が想定以上に上昇したため、川の水と共に逆流し、内水氾濫を起こした。従って、武蔵小杉を覆った泥水は、多摩川の水に、希釈化された生活排水が混じった混合物ということになる。
ただし、14日夕刻に武蔵小杉を訪れたところ、泥に塗れた道でも、異臭が立ち込めた場所は確認できなかった。台風通過直後にはあったのかもしれないが、速やかに処理されていたということだろう。
10月14日、水が引いた武蔵小杉界隈
停電したタワマン2棟は、いずれも当該マンホールのすぐ近くである。大量に噴き出した下水が、より低い場所に流れた結果、地下の電気設備が浸水して停電した。停電により、部屋の電気、エレベーターに加えて、ポンプで操作していた上下水道も使えなくなった。
部屋は懐中電灯やろうそくで灯し、通勤・通学、買物には高層階から一段一段階段を昇降して1階まで往復。トイレは各階ゴミ置場に設置された簡易トイレを使う生活を余儀なくされた。しばらくタワマンに住めなくなり、近くのホテルや近隣に親類・縁者がいる人はそちらに身を寄せていた人も多いと聞く。
共用スペースの掲示板には、なるべくトイレは使わないようにと板書されていたが、がまんできなくなった住民がついつい使用して、飲み水用に買い込んだペットボトルに入ったミネラルウォーターで水を流す行為もあったようだ。
そうなると、水量が足りないので地下まで流れ切れず、下層階の洗面所やトイレから異臭が漂うトラブルも発生したらしい。真偽は不明だが、ネット上の住民掲示板では、上層階の居住者と下層階の居住者が、トイレの使用を巡って激しい口調で言い争う、醜悪な光景も見受けられた。
中原消防署前付近の48階建「パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワー」は、下水が逆噴射したマンホール至近に地下駐車場に至るスロープがあり、水がもろに地下駐車場に流入し溜まったと考えられる。
パークシティ武蔵小杉 パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワーと駐車場出入口
企画・販売した三井不動産によれば、既に仮復旧ではあるが電気が復旧し、電気、水、エレベーターも動いて、生活には支障のない状況になっている。
パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワーの仮復旧用の電源
50%程度の復旧という報道もあるが、件の交差点では懸命に電気工事が行われているので、完全復旧への見通しが立っている。
パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワー前の中原消防署前交差点は、電気工事中
一方、フォレストタワーから綱島街道を挟んだ向かいにある「リッチモンドホテル プレミア武蔵小杉」では、1階エントランスの一部が浸水。床面設置の照明器具を交換した程度の軽微な影響が出た程度だった。すぐ隣にあるような建物で、かくも被害が違うのか。ホテル業者の立地を見る確かさにも感心させられた。
リッチモンドホテルは、パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワーの道向かいにありながら、被害は極めて軽微だった
横須賀線口バスターミナルと横須賀線の線路に面した22階建「シティハウス武蔵小杉」は、バスターミナルの中でも土地が低い場所にあり、マンホールから噴出した水などが流入したと考えられる。
シティハウス武蔵小杉の電気設備は修理工事中
横須賀線口の改札口が水没して使えなくなっていたのも、改札がスロープの下にあったからだ。
武蔵小杉駅の横須賀線口改札の浸水被害(JR線の張り紙より) 10月14日、閉鎖されていた同駅の横須賀線口 10月14日、閉鎖の張り紙に見入る人たち
シティハウスを企画・販売した住友不動産によれば、このマンションも10月20日頃に電源は復旧しており、住民の生活は元に戻っているとのことだ。
シティハウス1階に入居するコンビニ、デイリーヤマザキでは店内が水没し、1ヶ月ほどの休業を余儀なくされた。しかし、内装を全部やりなおして、以前よりきれいになった状態で現在は再開している。
シティハウス武蔵小杉1階にあるデイリーヤマザキ。1ヶ月くらい休業してい...