ロシアによるウクライナ侵攻は言うに及ばず、世界各地で発生する紛争や止まらぬ人権侵害を解決することができずにいる国際社会。国連や安保理の機能不全が叫ばれていますが、もはや国際協調の時代に戻ることは不可能なのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、分断がほぼ固定化されブロック化が進む世界の現状を詳しく解説。その上で、自身が国際交渉人として日本政府に期待すべき役割を提示しています。
もう戻らない世界協調の時代。分断が固定化された国際社会
「国連安全保障理事会がウクライナの問題を取り上げ、支援について話し合うように、世界が直面する気候変動の脅威に対して国連はもっと関心を示し、コミットメントを高めるべきだ。ウクライナにおいてかけがえのない生命が奪われている現実に心を痛めるが、気候変動による自然災害により、より多くの人の生命が世界中で奪われ続けている。国連は本気でグローバルな問題に目を向け、真剣かつ迅速に対応しなくてはならない」
これは9月19日にUNで開催された気候変動対策についての首脳級会合で、バルバドスのミア・モトリー首相が訴えかけた内容です。
この発言を聞いたとき、正直驚くと同時に、国際情勢における関心の潮流が変わったことを実感しました。
ロシアによるウクライナ侵攻が勃発した際、バルバドスを含む多くの
...more国々はロシアによる蛮行を非難し、ウクライナの人々に思いを寄せる姿勢を明確にしましたが、侵攻から1年半以上が経ち、戦況が膠着化する中、ロシア・ウクライナ双方による破壊と、欧米諸国とその仲間たちが課す対ロ制裁の副作用が、途上国を苦しめている状況に直面すると、報道されている内容とは違い、その他大勢の国々の関心はウクライナ問題から離れていることが分かります。
そして同時に途上国を中心に広がる国連および先進国への焦りと怒り、そして苛立ちも明確になってきました。
“正義のために”という名目の下、欧米諸国とその仲間たちは湯水のようにウクライナに資金提供を申し出て、継続的な支援を約束していますが、世界レベルで深刻化する気候変動問題や、スーダンにおける内戦と国民的な悲劇、ミャンマー情勢、アフガニスタン情勢をはじめとする多くの国際問題に対して及び腰または無関心を装う国連と欧米諸国とその仲間たちへの不満が爆発し始めています。
ブラジルのルーラ大統領も「ロシアによるウクライナ侵攻は看過できない蛮行であると考えるが、ウクライナにも負うところはあるはずだ。世界はあまりにもウクライナ問題に関与しすぎ、本当に助けを必要とする大多数の人々から目を背けていないだろうか」と自省も込めて発言していますし、グローバルサウスの軸を務めるインドのモディ首相も、他の国々と共に、国際問題に対して積極的に関与することを発言しています。
欧米諸国とその仲間たちが何もしていないかというと語弊がありますが、ウクライナに対する熱狂(とはいえ、日ごとに冷めてきている気がしますが)に比べて、スーダンの問題やエチオピアでのティグレイ問題、ミャンマー情勢やアフガニスタン情勢に対するコミットメントへの熱情を感じることができません。
実際、国連の人権高等弁務官であるヴォルカ─・ターク氏も、人道支援を統括するマーティン・グリフィス事務次長も、国連安全保障理事会の場で「スーダンの惨状について報告し、その際、安保理の実質的な機能マヒにより、スーダンの人々に対する人道的支援が停止しており、スーダンはすでに国際社会から見放されている」という厳しい指摘がされていますが、安保理常任理事国の完全なるスプリットの影響を受けて、何一つ効果的な策を講じることが出来ていません。
かつて国連安全保障理事会のお仕事もしていた身としては、非常に残念であり、強烈に懸念を抱く事態になっています。
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より紛争を激化させる方向に進む国際社会
国連および国連安保理が機能していない現状を受けて、各国・各地域は、国連に図ることなく、自ら“気の合う仲間”と“問題解決”に乗り出す傾向が強まっていますが、どうしてもその対応は公平とは言えないため、より紛争を激化させる方向に進んでいます。
私も調停に携わったナゴルノカラバフ紛争についても、今週、アゼルバイジャン側からアルメニア人勢力に対する攻撃を行い、あっという間にナゴルノカラバフにおける実効的な支配を確立しましたが、本件の解決に際し、国連の姿は全くなく、実質的にはロシア軍の平和維持軍が両国の仲介をする形で停戦に導いています。
ただこのナゴルノカラバフでの武力衝突におけるロシアの平和維持軍の仲介の背後には、現在の国際情勢を映し出す特徴が見え隠れしています。
先のナゴルノカラバフ紛争の際には、ロシアは軍事同盟に基づき、アルメニアの後ろ盾としての立場を取り、停戦協議においては、アゼルバイジャン側の後ろ盾であるトルコ政府と直接協議の上、紛争を収めたという経緯がありますが、今回は、アルメニア政府を説得し、アゼルバイジャン側が求めるアルメニア人勢力の武装解除を飲ませる以外に方法はなく、実質的にはアゼルバイジャン側の全面的勝利のアレンジをしたことになります。
これにより、地域におけるロシアの影響力の大きな低下が明らかになり、頼る相手がいなくなったアルメニア政府のパシニャン首相としては、取り急ぎ、アゼルバイジャン側の停戦条件を呑み、急ぎ新たな後ろ盾を探す必要に駆られています。
国内からの非難を受け、「無計画な強硬措置に出るべきではない。ただし、攻撃を受けた場合には、軍事的な対抗措置を取ることを排除しない」という発言をし、争いを避けようとしているように見えます。
しかし、現在、あまり報じられていませんが、アルメニア国内ではパシニャンは弱腰だと非難し、退陣を要請するような事態に発展しています。
今年7月に米軍と合同軍事演習を行い、アゼルバイジャン側への対抗をしようと目論んでいたようですが、これがロシアとトルコを刺激し、パシニャン政権に圧力をかけて欧米への接近を一時的に停止したため、見捨てられたと感じたナゴルノカラバフにアルメニア人勢力が一方的に作ったステパナケルト市を中心とする“ナゴルノカラバフ共和国”の構成員が蜂起し、それを好機ととらえたアゼルバイジャン軍が一気に“制圧”にあたったというのが、どうもストーリーのようです。
このような状況に本来ならば国連安保理が乗り出し、何らかの調停案を提示するのですが、今回も“地域における解決”という形で、国連の出番は与えられないままという状況になっています。
そしてこれまでであれば、ここでロシアが乗り込んできて紛争を“解決”するのですが、ロシアはウクライナへの侵攻を機に、遠くの友人は増えるものの、自らが裏庭と呼ぶ近隣諸国の支持を失い、次第に影響力を失っています(そしてそこに滑り込んでくるのが、中国とトルコです)。
この状況は実はウクライナ情勢にも大きな影響を与えることになっています。
先述の通り、ロシアは対ウクライナではまだ軍事的には優勢を保っているという分析が多いのですが、これが全世界的なレベルで見てみると、ウクライナへの侵攻で消耗するがゆえに、近隣諸国への差配にまで手が回らず、ロシアがもっとも嫌う欧米諸国がどんどん影響力を強めるという状況になっています。
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国連加盟の33%の国々が見せるロシア寄りの姿勢
中東諸国やアフリカ、南アジアなどではまだまだロシアの影響力は強く、ウクライナ侵攻の後でも拡大傾向にあると言われていますが、旧ソ連の共和国で、かつプーチン大統領が目指す“大ロシア帝国の再興”のパズルの駒になるはずのスタン系諸国(カザフスタンやウズベキスタンなど)が挙って欧米諸国への接近を進めていることで、仮にロシアに有利な形でウクライナ侵攻が一段落したとしても、かつてのような大ロシア勢力圏は戻ってはこないと思われます。
そして中央アジア諸国が、ロシアによるウクライナ侵攻に対して距離を置く理由は「次は我が身」という恐れによるものより、「もともとロシア、ウクライナ、ベラルーシは不可分の兄弟姉妹のようなものであり、この紛争も内輪もめに過ぎない」という、他国とは違った見方をしているからだと考えられます(そして、限りなく現実的な認識だと思われます)。
とはいえ、ロシアがいつ自国に牙をむいてくるかわからないという恐れはあるため、ウクライナがNATOやEUへの加盟を模索するように、スタン系の国々も欧米諸国を対ロバランサーとしての存在に据え...
ウクライナ政府は18日、同国産穀物などの輸入規制を独自に導入した中東欧3カ国を世界貿易機関(WTO)に提訴したと発表した。穀物問題をめぐり、ウクライナと近隣諸国との緊張が高まりそうだ。 3カ国はポー…
欧州連合(EU)がポーランドなど中東欧の加盟国5カ国へのウクライナ産穀物の輸入を禁止していた措置が15日に期限を迎え、EUは延長しないと発表した。これに対し、5カ国のうちポーランドとハンガリー、スロバキアは17日までに、独自に禁輸を続ける方針を明らかにした。
輸入禁止の措置は、この3カ国にブルガリアとルーマニアを加えた5カ国の農家を、安価なウクライナ産穀物の流入から保護する目的で、5月に導入さ...
開戦から1年半が経過した現在も各地で激戦が続き、混迷を極めるばかりのウクライナ戦争。軍事力で圧倒的に優位と見られていたロシアの苦戦ぶりも頻繁に報じられていますが、プーチン大統領が敢えて戦争を長引かせているという見方もあるようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、勝とうと思えばいつでも勝利できる戦争を継続させているプーチン氏の目的を推測。さらに「戦争の終わらせ方」の議論において、当事国のウクライナが蚊帳の外に置かれている事実を紹介するとともに、その理由を解説しています。
奏功するロシアの企て。ウクライナ巡り多重分断の危機に瀕する欧州
「ヨーロッパはもう一枚岩でウクライナを支援する限界点にきているかもしれない」
最近の調停グループの会合で、参加者が口々に表明している懸念です。
アメリカ国内での対ウクライナ支援への感情が分断し、どちらかというと後ろ向きになっていることにも影響されているかもしれませんが、欧州各国においてはそれがさらに顕著になってきているように思います。
物理的にウクライナとは離れているアメリカと違い、距離の差はあっても、欧州各国はロシア・ウクライナと地続きであり、戦争が拡大した際には直接的に巻き込まれ、その場合は参戦する他に選択肢がないという状況に追い込まれることもあり、ロシア・ウクライナに
...more物理的に近い国ほど、危機感を募らせています。
「ロシアによるウクライナ侵攻を許容することはない」という立場では欧州各国は一枚岩ですが物理的な脅威が中東欧諸国に比べると薄い英仏独イタリアなどと、ロシアからの脅威に直接晒されるバルト三国やポーランド、モルドバ、北欧諸国(特にフィンランド)などでは切迫感が異なります。
バルト三国やポーランドなどは、EUやNATOに対して早急にウクライナ支援の強化と自国への防衛支援を働きかけていますが、英・仏・独などはあまり乗り気ではないとされ、これらの国々はロシアからじわじわと迫ってくる脅威と自国への戦争拡大への恐怖と、西の欧州各国の躊躇との間の板挟みになり、国内の状況が緊迫しています。そしてそこに輪をかけているのが、各国におけるウクライナからの避難民と各国の市民との間の軋轢の鮮明化です。
元々プーチン大統領と近く、ロシアによるウクライナ侵攻に対する非難はしても、一貫してロシアにシンパシーを示すハンガリーのオルバン首相の態度・主張は比較的分かりやすいですが、他の中東欧諸国においては事情が違います。
その中でも変化が鮮明なのは、ポーランドです。
最近、ポーランドがNATOに対してポーランドの防衛力の強化と、場合によってはNATOの核兵器の配備まで持ち出してきています。
その表れとして、来年度予算からになるようですが、自力で防衛力を高めるために防衛費をGDPの4%を占めるレベルまで一気に高める決定を下したようです(これでまた欧米諸国の軍事産業が儲かることになります)。
最近、ポーランドはロシアからのミサイル攻撃に晒されるウクライナ国境付近にポーランド軍を配備し始めて、来るべき事態に備えているように見えます。そしてこの国境線に配備された軍の持つ“もう一つ”の意味が、これ以上、ウクライナからの避難民を無制限に受け入れることはできないという側面です。
2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻当時とそれからしばらくは、ウクライナに隣接するという地理的な位置づけと、ウクライナ西部にいる“ウクライナ人”の大半がポーランド系で同じカトリックということもあり、その他の近接国と比べても抜きんでた数の避難民を受け入れてきました。
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ロシアに近接する国々で加速する自国軍の再拡大と強化
ポーランドもその周辺国もウクライナからの避難民に対して特別の待遇を与え、チャイルドケアも、就職支援も優先的に行うのですが、これが受け入れ国の国民・市民の反感を次第に買うことに繋がってきています。
ウクライナからの避難民に共通する特徴は経済的に余裕があり、決して生活に窮しておらず、総じて教育レベルも高いという現実なのですが、それにもかかわらず、様々な福祉・社会サービスが無料または非常に安い価格で提供され、受け入れ国における福祉財源をひっ迫させることに繋がり、それが国民・市民が本来受けることが出来るサービスの権利を侵害しているという意見が高まってきています。
排斥運動にまでは発展していないのがまだ救いですが、戦争の長期化と出口の見えない支援継続により、ウクライナからの避難民の居場所が次第に奪われつつあります。
実際に「東南部と違い、リビウなどは落ち着いてきているのだから、ウクライナ人は早急に帰還すべきだ」という声が多く聞こえてきます。
ポーランド政府はそのような声をしっかりと聞いており、NATOやEUに対して防衛支援はもちろん、経済的な支援も要請していますが、国内対策と対ウクライナ支援の継続でもういっぱいなEU各国にとって、ポーランドとその周辺国を支援する余裕はないのも事実で、ロシア・ウクライナに近接する国々における危機感が高まっています。
そこで一気に加速しているのがポーランド、ブルガリア、チェコ、バルト三国などにおける自国軍の再拡大と強化です。
これまでにもロシアによる脅威には晒され、それがNATO入りの大きな理由になってきましたが、このNATOの加盟国であったがゆえに、「いざというときにはNATOが助けてくれる」というメンタリティーが定着し、自国防衛モードから、NATOの一員としての集団安全保障モードに編成を変えていましたが、最近のNATO内での分裂や、ウクライナによる反転攻勢が思いのほか不発で、進捗状況が芳しくないことなどに鑑みて、「自分のことは自分で守る」というモードに回帰してきています(まあ、自分の身は自分で守るというのは至極当然ではあるのですが)。
それがポーランド政府の軍事・防衛費の拡大に繋がり、その波は中東欧諸国・バルト三国に広がってきています。
これにより、先ほどお話しした国内の社会保障費の削減につながる恐れが生じ、各国内での政府に対する反発に繋がっています。
「有事の際にはNATOが守ってくれるから、自国の社会保障を充実させよう」という政策をここ数年進めてきたわけですが、ロシア・ウクライナ戦争は、NATOの東の端のフロントの雰囲気をまた変えようとしています。
ちょっと話はずれますが、これ、どこかの国のお話にも似ていませんか?
中東欧諸国が自前で軍拡に走り、ポーランド政府のように核兵器の配備の要求まで持ち出す状況になると、必然的にロシアはBeyond Ukraineの国々に対して警戒心を高め、その背後にNATO・欧米諸国が就いているに違いないとこじつけて非難し、結果、中東欧に対する軍事的な圧力をかけることに繋がります。
ここで出てくる疑問は「果たしてロシアにそれだけの余裕があるのか?」ということになりますが、これについては、侵略当初のratioを見ると、ウクライナの軍備を1とした場合、ロシアは10となり、圧倒的な優位を誇ることになります。ただ、これまでのところ、ロシアはその優位をまだ十分に活かした戦略を取っていません。
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敢えて戦争を長引かせるプーチンが企図していること
制空権の確保や軍事的な総合力の比較を行った場合、核兵器を用いることもなく、ロシアはウクライナを圧倒しうるものを持っているはずですが、ウクライナの反転攻勢が、望むレベルには程遠いという分析がでていても、NATO各国からの支援が次第に実用化され、実戦投入されていくにつれ、ロシアの圧倒的優位は揺らいできていると思われます。
しかし、ここで過度の期待をしてはいけないのが、今年中、または来年中にウクライナがロシアを押し返すというようなことは起こりにくく、今後もNATOからの支援が滞りなく届けられ、ウクライナ軍におけるNATO仕様の最新兵器への習熟度が上がるという前提が満たされる場合には、しばらくの間ウクライナは持ちこたえ、もしかしたらロシア軍をロシア領内に押し返すことができるかもしれません。
ただここで忘れてはいけないBig Ifは、アメリカをはじめとするNATO各国において、ウクライナに投入する武器弾薬装備の生産が追い付いていないという状況と、アメリカ軍をはじめとするNATO各国軍の自国の防衛レベルの維持に支障をきたすほどの状況の存在です。
それに加えて、各国で広がり増え続けている対ウクライナ支援の見直しの機...