XGが自身2度目となるワールドツアー、【XG WORLD TOUR: THE CORE】のキービジュアルを公開した。…
世界的なオーディオストリーミングサービスのSpotifyは、2025年の音楽やポッドキャストのリスニングデータに基づいたランキングを発表した。このランキングにより、昨年国内外で注目を集めたアーティストや楽曲の傾向が明らかになった。国内ではMrs. GREEN APPLEが首位を独占日本国内で最も再生された楽曲はMrs. GREEN APPLEの「ライラック」だったという。同グループは楽曲部門でトップ10に7曲をランクインさせる快挙を達成し、アーティスト部門でも3年連続で1位を獲得したとのこと。また、Number_iやサカナクションも上位に食い込み、K-POPソロアーティストのJimin(BTS)も存在感を示したようだ。一方、国内で最も発見されたアーティストにはHANAが選ばれた。強いメッセージ性で新たなリスナーを獲得したほか、CUTIE STREETやアイナ・ジ・エンドなども支持を広げたという。世界で輝く日本のアーティストたち海外で最も再生された国内アーティストの楽曲は、Creepy Nutsの「オトノケ - Otonoke」だった。昨年の「Bling-Bang-Bang-Born」に続き2年連続で異なる楽曲が首位を獲得し、グローバルでの人気を不動のものにしたようだ。アーティスト部門では、Adoが初の1位に輝いた。海外比率が8割近くに達し、ワールドツアーの成功がその人気を後押しした
...more とみられる。YOASOBIや米津玄師、藤井 風なども上位にランクインし、アニメ作品との親和性や海外ツアーの実施がグローバルな支持につながっていることがうかがえる。個人の聴取履歴を振り返る「Spotifyまとめ2025」も公開Spotifyは、ユーザー個人の一年間の聴取履歴を振り返ることができる「Spotifyまとめ2025」も公開している。最も聴いたアーティストや楽曲、ポッドキャストなどを確認できるほか、SNSでの共有機能や、音楽の好みに合わせた「リスナークラブ」の提案など、遊び心あふれる体験が提供されているという。Top image: © スポティファイジャパン株式会社
来年3月20日に完全体で復活するBTSが4月、日本にやってくる。26-27年ワールドツアーの日程が14日、公開された。 今回のツアーは、3月20日にリリース予定の正規5集アルバム活動とともにスタートする。全世界34地域で79回の公演を開…
デヴィッド・ボウイの来日コンサートが1978年12月12日、東京の渋谷区神南にあるNHKホールで行われた。
その日は12月6日の大阪厚生年金会館から始まった日本ツアーにおける最終日であるだけでなく、その年の3月29日にアメリカのサンディエゴを皮切りに始まり、北米から欧州、豪州をまわって9か月にも及んだワールド・ツアーの最終公演でもあった。
70年代のなかばにアメリカに渡ってからコカイン中毒になったボウイは、自ら再起を図ってベルリンに移住すると、1977年にアルバム『ロウ “Low”』と、それに続く『英雄夢語り (ヒーローズ) “Heroes”』を発表して復活した。
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そしてワールド・ツアー「ロウ/ヒーローズ・ツアー(Low and Heroes Tour)」によって、ボウイは完全復活を印象づけるだけでなく、吹っ切れたようにシンプルで力強いライブを展開して観客を魅了した。
ボウイにとって片腕的な存在だったギタリストのカルロス・アロマーに加えて、後にキング・クリムゾンに加入する異才のエイドリアン・ブリューがギタリストとしてツアーに同行した。
キーボードにはトッド・ラングレンとユートピアを組んでいたロジャー・パウエルが参加し、当時としては最強ともいえるツアー・メンバー
...more がそろっていた。
そうした記念すべきライブを映像収録する幸運に恵まれたのが、NHKの青少年部にいたディレクターの波田野紘一郎だった。
NHKは1960年代に巻き起こったグループ・サウンズのブームの際に、長髪のエレキバンドに対しては出演を許可しなかった。保守的で”お硬い”イメージが強かったNHKはロック・カルチャーに関する理解など、全く持っていないと思われていた。
ところが1971年の秋から総合テレビでは突如として、『ヤング・ミュージック・ショー』というタイトルで、欧米のロックフィルムを流れ始めた。
その担当ディレクターとして1971年10月から1986年12月まで、15年間で81本の海外アーティストのライブをオンエアしたのが波田野である。
デヴィッド・ボウイのワールド・ツアー最終日のライブも、1979年3月26日に『ヤング・ミュージック・ショー』の枠でオンエアされた。波田野はボウイのライブ収録を実現させるためにNHKホールの関係者を、何度も何度も説得して了解を得たという。
ボウイは僕は個人的にものすごく尊敬していました。非常にアーティスティックだったし。この時はボウイ側がNHKホールでやりたがったんです。でもNHKホールはクラシックの殿堂。
その前に1回ジェスロ・タルをクラシックって触れ込みでやったことがあって、ホールは「騙された」って(笑)。もう強硬だったんです。結局、番組を制作するために使うんだから、多少ロック風でもいいじゃないか、大目に見てよと。
波田野が前日の日本武道館ではなく、NHKホールにこだわったのは理由があった。ボウイの良さを多くの人にわかってもらうためには、最初からカメラ用のスペースがあって、カメラのアングルや照明との関係をスタッフが熟知している必要があったからだ。
ほとんどぶっつけ本番に近い条件の収録に、最も適しているのがNHKホールだった。ところが収録する直前になって、根本的かつ深刻な問題が発生した。
収録準備のために大阪公演を下見に行ったNHKの技術スタッフたちが、蛍光管を効果的に使ったコンサート用の照明では、暗すぎてまともな映像にはならないと伝えてきたのだ。当時はいわゆるテレビ照明と呼ばれるだけの光量がないと、たとえ暗めの画面だとしても、きれいな映像にはならなかった。
ところがワールド・ツアーで全て統一してきた照明を、急にその日だけ、日本のテレビ番組のために変えてほしいと言われても、ボウイのスタッフたちが応じるわけはない。彼らと現場でいくら交渉しても、いっこうに埒が明かなかった。
当時のレンズは感度が良くないんで、暗いとざらざらした汚い映像になっちゃう。で、当日までこっちは「明るくしてくれ」、向こうは、「これはボウイの意向だ。全体のコンセプトだ」と。
そこへたまたまボウイが通りかかったんで、アシスタントが「今日の観客は二千人から三千人だけど、放送されれば例えば5% としても百何十万人が見るんだ。こっちを優先させてほしい」って。
そしたらボウイはあっさり「あ、そうだなぁ、そうしよう」と、スタッフに一言。そしたら明るくなっちゃった(笑)。
運も実力のうちだということがわかるエピソードだ。こうしてNHKのスタッフの希望は、ボウイへの直訴によって受け入れられて、無事に幕を開けることができたのである。
そして後世に貴重な映像が残ることになった。
オープニングの「Warszawa」はボウイがキーボードを弾くなかで、カルロス・アロマーが指揮棒を振り、厳かな儀式のように始まる。それに続いて続いて演奏されたのが代表曲「Heroes」で、レコードに比べるとかなりゆったりとしたテンポだった。
しかし、曲の後半になるにしたがってボウイの気持ちが高まり、聴き手の心を揺さぶるかのように、メッセージが熱量を増しながら伝わってきた。画面の字幕には岩谷宏の和訳が映し出される。
いまも忘れはしない ベルリンの壁ぎわに立ち
頭上に絶えぬ 銃声の中で 私達は抱き合っていた
でも一方では うしろめたくて 世界を彼等が支配する限り
私達の愛は無力なもの ヒーローにならねば
世界を掌握する愛でなければ いつの日か私とともに
私達みんなが 一人一人が ヒーローに
まだみんなバラバラな今 一人よがりを言うだけになる
いつの日にか きっとヒーローに
長かった世界ツアーの最後が日本公演だったということもあり、バンドのメンバーたちとは完ぺきといえるくらいに息が合った演奏だった。バンドの全体がうねりながら、ヴォーカルとともに高まりへと昇りつめていく。
収録の当日まで波田野があきらめることなく粘って交渉し続けたおかげで、この日のライブ映像は世界中のファンにも、21世紀にまで語り継がれることになった。
<参考文献および引用> 篠崎 弘 (著, 監修)「洋楽マン列伝 1」 (ミュージック・マガジン )
篠崎弘 (著, 監修)『洋楽マン列伝 1』(単行本)
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The post 伝説のロック番組『ヤング・ミュージック・ショー』に残されたデヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」 appeared first on TAP the POP....
学校法人阪南大学(所在地:大阪府松原市、理事長:加藤 清孝)は、ミラノ・コルティナ2026オリンピック冬季競技大会(スピードスケート・ショートトラック競技)に出場する卒業生であり現在同大学職員として勤務する渡邊啓太選手および同じく卒業生の宮田将吾選手の健闘を祈念し、 壮行会および記者会見を阪南大学本キャンパス内で開催。また壮行会では阪南大学スピードスケート部歴代オリンピアンを交えたトークセッションも実施。
■壮行会
日時 : 2026年1月22日(木)11時50分~12時50分(受付開始:11時10分~)
場所 : 阪南大学 本キャンパス50周年記念館 4階 50周年記念ホール(大阪府松原市天美東5-4-33)
内容 :
1. 選手紹介
2. 挨拶(理事長・学長・同窓会長・阪南大学スピードスケート部監督・西谷岳文氏 等)
3. 阪南大学スピードスケート部歴代オリンピアンを交えたトークセッション
(以下、参加予定者)
西谷岳文氏 長野オリンピック ショートトラック競技500m金メダリスト
米田(旧姓:小澤)美夏氏 ショートトラック競技3大会連続オリンピック出場
4. 選手挨拶
5. 花束贈呈、応援パフォーマンス、写真撮影
■記者会見
日時 : 2026年1月22日(木)13時00分~14時00分(受付開始:12時50分
...more ~)
場所 : 阪南大学 本キャンパス50周年記念館 3階 A・B会議室
出席者 : 渡邊啓太選手、宮田将吾選手、
阪南大学スピードスケート部監督 杉尾 憲一(すぎお けんいち)監督]
西谷岳文氏 、米田(旧姓:小澤)美夏氏
アクセス: 近鉄南大阪線河内天美駅から線路沿い北へ徒歩約6分
その他 :
・会見終了後、ご要望に応じて質疑応答の時間を設けます。
・お車でお越しの方は本キャンパス正門前の来客用駐車場(無料)に駐車をお願いいたします。万が一満車の場合は総合受付(正門横)にお尋ねください。
※壮行会・記者会見ともに、内容が変更になる場合がございます。ご了承ください。
◆渡邊 啓太選手 プロフィール
出身地:埼玉県川越市出身
生年月日:1992年3月25日(32歳(2026年1月8日現在))
出身学部:阪南大学 国際観光学部(2014年3月卒業)
主な戦績:
2018 平昌オリンピック 5000mリレー 7位
2020/21 全日本ショートトラック選手権大会 総合優勝(2年連続)
2025/26ショートトラックワールドツアー日本代表選手選考競技会 1500m2位
渡邊選手
◆宮田 将吾選手 プロフィール
出身地:大阪府
生年月日:2003年1月27日(22歳(2026年1月8日現在))
出身学部:阪南大学 経営情報学部(2025年3月卒業)
主な戦績:
2022 北京オリンピック 5000mリレー 8位
2025 全日本ショートトラック距離別選手権大会 500m 優勝/1000m 優勝/1500m 優勝
2025/26 ショートトラックワールドツアー(モントリオール/第2戦) 1500m 2位
宮田選手
◆阪南大学スピードスケート部について
1995年 阪南大学スピードスケート同好会 発足
1998年 西谷岳文選手(当時1年生) 長野オリンピック出場
ショートトラック競技500mで日本初の金メダル獲得
1998年 阪南大学 体育会スピードスケート部 結成
2002年 西谷岳文選手(卒業生) 、米田(旧姓:小澤)美夏選手(高校生)ソルトレイクシティオリンピック出場
2006年 西谷岳文選手(卒業生) トリノオリンピック出場
2006年 米田(旧姓:小澤)美夏選手(当時2年生)トリノオリンピック出場
2010年 米田(旧姓:小澤)美夏選手(卒業生(2010年以降職員))バンクーバーオリンピック出場
2018年 渡邊啓太選手(職員・卒業生) 平昌オリンピック出場
2022年 宮田将吾選手(当時1年生) 北京オリンピック出場
阪南大学スピードスケート部
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