Genaさん「抜毛症」という言葉を聞いたことがあるだろうか。アメリカの俳優エイミー・シューマーが長年向き合ってきたことを公表するなど、近年少しずつ知られるようになった。ボディポジティブモデルとして活動するGenaさんも、抜毛症の当事者の一人だ。髪の毛を抜き始めたのは小学生の頃。無心で毛を抜く時間だけが、「現実から離れるための“唯一のチケット”だった」と明かす。Genaさんは、抜毛症に悩む人らに向け、ブログやSNSで自身の体験やセルフケアに関するメッセージを発信している。「あなたにとって、あなたは特別なんだと信じてほしい」なぜ抜毛症をカミングアウトし、モデルを志したのか。抜毛症になりやすい人には、どんな傾向があるのか。重症化を防ぐためにできることはーー。Genaさんと、抜毛症に詳しい精神科医に取材した。鈍い痛み、「病みつきに」イメージ写真小学5年の夏休み明けの2学期。Genaさんのクラスは突然、“学級崩壊”した。クラスメートたちの最初の攻撃対象は担任だったが、矛先は次第に同士へと向けられた。「あの子が(Genaさんを)うざい、ムカつくって言ってた」と友達から伝言され、「いじめのターゲットになったら嫌だな」と怯える日々。Genaさんが毛髪を抜き始めたのは、その年の冬から。家族とテレビを観ていた時、気付いたら何の気なしに頭髪を抜いていた。チクッとした鈍い痛みに「病みつきになった」。それか...moreらは、たまに手が伸びては髪の毛を抜くようになる。「男の子の字かと思った」「女の子だからお行儀良くしなさい」のびのびとした幼少期を送ったものの、成長するにつれて家庭や学校で規範の押しつけのような言葉を向けられることが増え、気に病むようになっていった。もともと繊細な気質もあり、「いつも頭の中がせわしなく動いている」ように感じた。子ども時代のGenaさん。この頃から抜毛行為が始まったという「ただの癖」と思い込んだ中学2年で転校して環境が変わると、抜毛はさらに悪化した。半年後、Genaさんは不登校になる。机に向かい、気づくと両手いっぱいの毛を抜いていた。抜くのはいつも頭頂部。生えてきた短い毛も、また抜いた。「抜いている時はまさに言葉通り、没頭していて。心のスイッチが完璧にオフになって、遠い宇宙にいるような感覚なんです。忙しくてつらい現実から自分を切り離せる唯一のチケットが抜毛。だからそれを手放せませんでした」はっと我に返った時には、目の前に毛の山ができていた。自分の手なのに、思い通りにならない。絶望と罪悪感でいっぱいになった。家族から「やめなさい」と叱られるのが嫌で、トイレや自分の部屋に隠れて毛を抜くようになったという。当時、海外の“仰天ニュース”を扱うテレビ番組で、Genaさんと同じように毛を抜く少女の病は「奇病」として紹介されていた。「自分と結びつけたくない。病気ではなくただの癖なんだと、私も家族も思い込むようにしていました」高校受験のストレス、外見で判断するような周りの目に居心地の悪さを感じた大学生活、留学先で感じた孤独...。心に過度の負担がかかる時には、特に症状が重くなった。抜毛症とは?原因、なりやすい人の傾向は抜毛症とは、どんな疾患なのか?パークサイド日比谷クリニックの院長で精神科医の立川秀樹さんによると、抜毛症とは、「頭髪や体毛を自身で繰り返し抜き、その結果、様々な程度の脱毛状態に至る慢性疾患」のこと。衝動や体の感覚、または思考を制御するために意図的に行われる自覚のある抜毛と、座って何かをしている時などに無意識に行われる抜毛の2つの型があるという。「最初は意図的な抜毛から発症することが多いですが、時間の経過とともに無意識の抜毛へと移行するケースが多いです」(立川さん)発症の原因は何か?立川さんによると、抜毛症には様々な要因が関わっていると考えられており、多くはストレスと関連しているとされる。非常に慢性化したケースでは、意思に反して同じことを繰り返してしまう脳の病「強迫性障害」が併存する場合もあるという。【強迫性障害とは?詳しい記事はこちら】「一般的には、発症時は何らかのストレスが存在しており、そのストレスに対処するために抜毛が始まります。数年たつと、特にストレスがなくても抜くように。そして抜毛が不合理でよくないこととわかっているけど止められなくなる。つまり強迫性障害化します」小学校中学年〜中学生ごろの発症が最も多く、性別では女性に多い。子どもの場合は、学校での人間関係や受験のストレスなどが原因となるケースが目立つという。自身の臨床経験から見えた傾向として、抜毛症患者の多くで見られる要素として主に以下の3つがあると立川さんは指摘する。1.くせ毛に悩んでいる人2.アトピー性皮膚炎など皮膚のかゆみに悩んでいる人3.こだわりが強い人3のこだわりが強い人について、立川さんは「『まあいいや』と受け流すことができず、ストレスの処理がうまくできないタイプ」と説明する。「本来なら人に話す、運動するといったより好ましい方法で葛藤を処理するのですが、それができずに抜毛行為が唯一のカタルシスになってしまうケースです」抜毛症を改善するには、どのような治療法があるのか。立川さんによると、発症時はストレスの原因に対するアプローチや、対処法を身につけること、漢方、行動療法なども有効。強迫性障害が併存した場合は、薬物療法が必要になるという。訪れた転機Genaさんにとって転機となったのは、26歳の時。職場でのパワハラや家族関係など様々な要因が重なり、ある日突然ソファーから立ち上がれなくなった。初めて訪れた心療内科で、子どもの頃から髪を抜いていること、出社できない精神状態であることを泣きながら打ち明けたという。「小児期から長期化した適応障害」と診断され、それ以降カウンセリングに通うようになった。カウンセラーとともに過去の出来事をたどり、「その時どう感じたか」を思い返す。その作業を繰り返す中で、Genaさんは空気を読んで周りに同調することを優先したり、「女性として、社会人としてこうあるべき」という固定観念で自らを追い込んでしまったりしていたことに気づいたという。「自分が心からやりたいこと、やりたくないことを蔑ろにし続けてしまった。本当の気持ちを無視することの積み重ねが、大きな葛藤を生んでいたのかもしれません」この体に価値があるGenaさんは現在、抜毛症のボディポジティブモデルとして活動している。ブログやインスタでは、頭皮が見える自身の頭頂部などの写真とともに、セルフケアの大切さを伝えている。なぜモデルの道を志したのか?Genaさんは26歳で休職し、これまで身を置いてきた社会の価値観から少し距離を置いたことで自分自身とじっくり向き合えるようになった。ある日、「自分が傷つけてしまったこの体で、自分を美しいと思えるようになりたい」とふと頭に浮かんだという。同じ頃、ありのままの体型を前向きに捉える海外のボディポジティブモデルたちの発信にも背中を押された。様々な体のスタイルが認められるように、「艶やかな髪」の持ち主だけでなく抜毛症の当事者もモデルになれるのではと思い立った。さらに、「自分の体はいくら傷つけても構わない」という自己認識を変えたいとの思いから、背中いっぱいにタトゥーを入れる決心をしたGenaさん。「髪の毛を20年かけて失ってきたという長い間の苦しみと、それを覆すくらい美しく強くなろうという意志の表れであるタトゥー。モデルの活動を通して、今まで生きてきた履歴が残る私の体にも価値があると証明したかったんです」View this post on InstagramA post shared by Gena (@gena_2046)4割が希死念慮との調査結果も精神的なストレスとの関わりが深いとされる抜毛症。当事者はどんな悩みを抱えているのか。脱毛症や抜毛症など、様々な理由により髪に症状を持つ人たちのためのコミュニティーであるNPO法人「ASPJ」は2021年、抜毛症の当事者と家族を対象に調査を行い、191人の当事者から回答を得た。(※)自身の抜毛に対してどう感じているかとの質問に、「一生このままかもしれないという不安がある」と答えたのは7割以上に上った。「罪悪感を感じる」も6割を超えた。調査では、回答者のうち4割近くが希死念慮(死にたいと願うこと)を抱えていることが分かった。抜毛が始まった原因と思われること(複数回答可)では、「家族関係のストレス」が最も多く51.3%、次いで「たまたま抜いてみたら快感を感じた」(47.1%)、「家庭外の人間関係におけるストレス」(45.0%)の順だった。人から指摘されたり言われたりして嫌だ...