「水は生命の源」──そんな常識を覆すような新たな研究が、フランスのソルボンヌ大学(SU)で行われた研究によってこのほど発表されました。
驚くべきことに、超高圧・高温という極限環境下では、水が“超酸”としてふるまい、炭化水素をダイヤモンドへと変えてしまう可能性が示唆されたのです。
もしこのシナリオが本当であれば、私たちが知る“水”のイメージは大きく変わるかもしれません。
果たして“生命の源”は、いかにして“ダイヤモンド製造の超酸”になり得るのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年3月13日にプレプリントサーバー『arXiv』にて発表されています。
目次
「生命の源が“ダイヤモンド製造マシン”に変身する日水が超酸になりダイヤをうみだすメカニズム水の新たな顔が明らかになった
「生命の源が“ダイヤモンド製造マシン”に変身する日
「生命の源が“ダイヤモンド製造マシン”に変身する日 / Credit:Canva
ふだんの生活で見かける水は、ただの透明な液体であり、“生命の源”として穏やかなイメージを持たれています。
しかしもしその水を、地球の奥深い地下や海王星・天王星の内部にあるような、数万気圧・数千度という超高圧・高温の極限環境に放り込んだらどうなるでしょうか。
なんと水は一変して“超酸”という、とてつもなく攻撃的な性質を帯びる可能性があるのです。
ここではただの水が、炭化水素
...more(たとえばメタン)にプロトン(H+)を次々と押しつけて結合を変化させ、最終的にダイヤモンドのような固体炭素を形づくるかもしれない――これが「ダイヤモンドの雨」という仮説です。
実は常温常圧の世界でも、「超酸」と呼ばれる非常に強力な酸を使うとメタン同士を結合できる現象が昔から知られていました。
たとえば1960~70年代、ジョージ・オラーらの研究グループはフッ化アンチモン酸(SbF 5/HF)のような超酸溶液を使い、メタンにプロトンを与えるという、通常では考えられない反応を起こしてみせたのです。
これにより、炭化水素がどんどんつながっていくという驚きの結果が得られました。
しかし、「常圧の超酸」ができるなら、「超高圧・高温で電離した水」も同じようなことを起こせるのではないか――その可能性は長いあいだ想像の域を出ず、実験的に証拠をつかむのが難しかったのです。
水が超酸になりダイヤをうみだすメカニズム
水が超酸になりダイヤをうみだすメカニズム / FIG4は、シンプルなメタン分子がどのようにして、最終的にナノダイヤモンドのような複雑な炭素構造へと変わっていくか、その「反応の道筋」を一目で理解できる地図のような図です。 イメージとしては、反応の各段階を示す道筋(矢印)と、できあがる分子の種類を示すボックスが配置された、フローチャートのようなものです。 図の行は、各分子中に含まれる炭素や酸素の数を表しており、列はその分子の中で炭素がどれだけ他の炭素と結合しているか(例:二次、三次、四次)を示しています。 青い矢印は、メタンがどんどん連なって長い鎖状の分子へと成長していく(M1機構)反応を示しています。 青と赤の矢印は、メタンがつながるだけでなく、枝分かれして複雑な構造になる(M1またはM3機構)反応を示しており、 緑の矢印は、アルコールとアルカンの間で分子が変換する(M2機構)反応を表しています。 つまり、この図を読むと、どの反応ルートをたどれば、シンプルなメタンがどのようにして、最終的にダイヤモンドの骨格に近い分子へと変わるのか、その全体像が直感的に理解できるのです。/Credit:Thomas Thévenet et al . arXiv (2025)
水の超酸化現象はどんな現象なのか?
謎を解明するため今回の研究では、実験だけに頼るのではなく、高度な量子化学シミュレーション(第一原理計算)と機械学習手法を組み合わせ、極限状態における水とメタンの反応を細かい原子レベルまで再現することにしました。
どれほど水の電離が進むのか、どんな中間体が生まれて炭素同士の結合を強めていくのか――その仕組みを徹底的に追いかけることを目指したのです。
調査にあたってはまず普通の実験ではなかなか見えない特殊な条件での「原子たちの動き」に目がつけられました。
地上の実験室で高い圧力をかけても、それを詳細に観察するのはとても難しいからです。
そこで彼らは、量子化学シミュレーション(第一原理計算)と機械学習を組み合わせるという、“デジタル実験”を始めました。
いわばコンピュータの中に超高圧・高温の世界をそっくり再現し、そこで何が起きているのかを仮想的に観察しようとしたのです。
さらに、めったに起こらない反応やすぐに消えてしまう中間的な状態を捉えるために「メタダイナミクス」という特殊なテクニックを使い、まるでスローモーション映像のように反応の一瞬一瞬を追跡することに成功しました。
その結果でいちばん驚いたのは、水がものすごい圧力と高温にさらされると、H₃O⁺やOH⁻などのイオンをたくさん生み出して「超酸」と呼べるような状態に変わっていたことです。
地上の何十万倍もの圧力と数千度という熱のもとでは、水分子が思いのほか簡単にバラバラになり、隣のメタンをCH₅⁺という不思議なイオンへと変えてしまいます。
CH₅⁺は、炭素に5本もの“手”があるようなイメージで、ふつうの条件ではほとんどお目にかかれない姿です。
そこからさらにH₂が抜けると、CH₃⁺という攻撃的なイオンが生まれ、近くにいるメタンや水分子と次々に反応していきます。
こうした“プロトン(H⁺)のやりとり”がきっかけとなって、炭素が連続的につながり始めるわけです。
シミュレーションを続けると、メタンが鎖のように連なったエタン・プロパンをはじめ、枝分かれした複雑な構造へと成長する様子が次第に明らかになりました。
そしてついには、炭素原子が四方をすべて他の炭素で囲まれた“ダイヤモンドの骨格”に近い形が出現し、水が超酸として炭素結合を強力に後押ししているシナリオがはっきり浮かび上がったのです。
機械学習を使った分析によると、こうした炭素の“重合”や“結晶化”に必要なエネルギーの壁は思ったよりも低く、極限状態ではダイヤモンドが意外なほどスムーズにできあがる可能性があることがわかりました。
これは、水と炭化水素の世界に、まったく新しいイメージを与える発見だと言えるでしょう.
なぜ今回の研究が革新的といえるのか?
大きな理由は、これまで実験ではごく部分的にしか捉えられなかった「水が超酸化してダイヤモンドができるまでの全ステップ」を、はじめて理論的に網羅し、ひとつの物語として明確に示した点にあります。
どのタイミングでどのイオンが生まれ、どんなふうに炭素間の結合が強められていくのか――その詳細が原子レベルで描き出されたことで、惑星内部や高圧合成の分野が抱えていた数多くの疑問に光が当たったのです。
単に「高圧下でダイヤモンドが作られる」だけでなく、「そこには超酸化した水が強烈な役割を果たしている」という新たな視点を打ち立てたことが、まさに革新的だといえるでしょう。
水の新たな顔が明らかになった
水の新たな顔が明らかになった / Credit:Canva
今回の研究でわかった「水の超酸パワー」は、ただメタンなどの炭化水素がつながって大きな分子になるだけでなく、ダイヤモンドのように炭素がかっちり結晶化するまで導いてしまう力がある、という点が特に注目されています。
たとえば氷惑星の奥深いところでは、水とメタンが混ざった液体がものすごい圧力と高温にさらされています。
もしそこで水が超酸的に振る舞い、炭素の結合を組み替えてダイヤモンドを作っているなら、惑星の内部がどんなふうにできているかや、磁場やエネルギーの放出などにもつながっているかもしれません。
いわゆる「ダイヤモンドの雨」という夢のあるイメージが、今回の結果でよりリアルになったわけです。
さらに地球の深い地下に目を向けると、マントルや下部地殻にある水と炭化水素の相互作用が、私たちが想像していた以上に入り組んでいる可能性が出てきました。
もし水が超酸として強く働くなら、メタンなどの炭素化合物が意外な反応を起こして、電気や熱の伝わり方に影響を与えるかもしれません。
炭素がイオンという形で動くなら、惑星の磁場を生み出す「ダイナモ作用」を考えるときにも、新しい視点として加えられそうです。
また、産業の分野でも、高温高圧を利用した特殊な合成の現場で、実はこの“水の超酸力”が役立つかもしれません。
いままで触媒(化学反応を助けるもの)としてあまり意識さ...