これまで国内外を問わずメディアで盛んに喧伝されてきた中国の脅威。しかし今現在、そうした論調はトーンダウンしつつあるのが現状です。その裏にはどのような事情が存在しているのでしょうか。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では著者の富坂聰さんが、中国の狡猾さや習近平政権の危険さを伝えるフレーズがほとんど使われなくなった理由を解説。さらに揺るぐことがない中露の蜜月関係と、多くの日本人が理解できていない「現実」を紹介しています。※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:デカップリングが一部で本格化する裏側で注目される中露の本当の距離
蜜月は揺るがず。デカップリングが進む世界で注目される中露の本当の距離
米中の対立をテーマにした記事が相変わらずメディアを賑わせている。しかし巷にあふれる米中対立の記事で、最近ほとんど使われなくなった中国批判のフレーズがある。
一つは「不公正な貿易慣行」で、もう一つが「武力による一方的な現状変更」だ。
バイデン政権下では、それこそ耳にタコができるほど使われた。
前者は中国の経済発展をターゲットに、中国の狡さやインチキを表現し、後者は習近平政権の「危険さ」を知らしめた。
これらの批判が見当たらなくなったのは、批判の急先鋒であったアメリカの変化だ。トランプ政権が「不公正な貿易」を世界に押し付け、経済を大混乱に陥れると同時に
...moreグリーンランドやパナマに対し威嚇をともなう「現実変更」を行っているのだから当然だ。
日本メディアはそもそも欧米メディアの尻馬に乗って騒いでいただけだった。
振り返れば、トランプ1.0で米中間に貿易戦争の端緒が開かれ、対中制裁関税や輸出規制が次から次へと発せられるなか、日本では「やっとアメリカが中国の問題に気づいてくれた」と、アメリカの行動を歓迎した。
そうした空気のなか、米中デカップリングを望むような声まで高まった。
アメリカの世界経済における圧倒的な存在感もあり、中国を「サプライチェーンから排除する」ことが日本への追い風になると考えたのだろう。背景には中国の生殺与奪権をアメリカが握っているとの誤解があった。
だがトランプ2.0で起きている米中対立を見れば、アメリカ主導の中国排除が幻想であることは瞭然だ。
まず第一次トランプ政権からバイデン政権を通じて維持されてきた制裁関税と輸出規制のなかでも、中国が相変わらず力強く発展を続けたことを世界は目撃してきた。
一企業としてターゲットにされた華為技術(ファーウェイ)は、スマートフォンの生産を絶望視されたところから独自の半導体を開発し、最終的には史上最高益を叩きだすまでに回復した。またAIでのアメリカ優位を維持するための半導体関連技術の輸出規制がバイデン政権下で試みられたにもかかわらず、DeepSeekが生み出された。
そして現在、第二次トランプ政権がスタートして数々の関税政策が発表されているなかでも、中国はほとんど動じていないのだ。
中国が平静を保っていられる理由についてはこのメルマガでも何度か取り上げてきた。
復習の意味でまとめれば、まず中国側がしっかりと時間をかけて備えてきたこと。さらに関税戦争を継続することの非現実性を見極めている点が挙げられる。
【関連】トランプ関税が中国の人民を本気で怒らせ団結させる。米大統領の“オウンゴール”が習近平政権に吹かせた最大の追い風
ドナルド・トランプが大統領選に勝利し、世界は新たなアメリカに適合するために動き出したが、中国はそれ以前からずっと関税戦争、ひいては中国をサプライチェーンから排除しようとする目論見から目を逸らすことはなかった。
中国の「体質転換」に不可欠だったASEANとロシアの存在
この8年間、中国は貿易の多元化を進め、対米貿易への依存体質を改善しながら貿易のパイを拡大することに努めてきた。
事実、2024年には中国の物品貿易総額は43兆元(1元は約20円)を超え、課題だった対米貿易依存度も2018年の19.2%から2024年の14.7%へと減少させてきたのだ。
この中国の体質転換に不可欠だったのは、東南アジア諸国連合(ASEAN)であり、「一帯一路」沿線国であり、ロシアだった。
なかでもロシアは、エネルギー不足の中国にとって貿易の相互補完の観点からも相性が良く、伸びしろも期待できた。
だからこそ中露の蜜月は揺るがない。
中国の習近平国家主席は5月7日からソ連・大祖国戦争勝利80周年記念式典に出席するためロシアを訪問。欧米メディアが新しいローマ教皇を決める秘密選挙「コンクラーベ」に熱狂している裏で、ウラジミール・プーチン大統領とがっしり握手を交わした。
日本の報道では、ロシアに急接近する北朝鮮をめぐり「中露関係は微妙」との見立てもあったが、そもそも次元の違う話だ。
中国のテレビは習訪露の前後に、抗日戦争で貢献のあった旧ソ連の空軍兵士の特集を組み、両国の絆の深さを繰り返し報じた。
当然、首脳会談の中身は、中露関係の良好さと同時にアメリカに対するけん制のメッセージとなった。
習近平はトランプ政権を「現在の国際社会における一国主義という逆流及びパワー・ポリティクス的覇権行為」と批判。「中国はロシアと共に、世界的大国及び国連安保理常任理事国としての特別な責任を担い、共同で正しい第二次世界大戦史観を発揚し、国連の権威と地位を守り、第二次世界大戦の勝利の成果を断固として守り、中露両国及び多くの発展途上国の権益を断固として守り、手を携えて平等で秩序ある世界の多極化及び普遍的に恩恵をもたらすインクルーシブな経済のグローバル化を促進していく」と語った。
また「中国はロシアと共に、時代が与えた特別な責任を引き受け、世界の多角的貿易体制及び産業・サプライチェーンの安定性と円滑性を維持し、両国の発展と振興の促進、国際的な公平と正義の維持に、より大きな貢献を果たすことを望む」と呼び掛け、プーチンも、「断固として揺るぎなく露中関係の発展を推進し、互恵協力を拡大することは、ロシアにとっての戦略的選択だ」と応じた。
「断固として揺るぎない露中関係」があれば、ロシア・ウクライナ戦争めぐる協議で安易な妥協は避けられ、中国も対米関税戦争で右往左往することを避けられる。
中国に145%の関税が課されると発表されて以来、中国からアメリカへと向かう輸入品は激減した。これがアメリカ国内で価格に反映されるまで6週間から9週間かかるとされるが、コンテナ港ではすでに作業員の大量解雇が始まっているとも伝えられる。
米中ともにダメージを避けられない無益な戦争だが、この戦いが一定の落ち着きを見せた後も、このデカップリングの流れは止まらないかもしれない、との予測が中国側に出始めているのは注目すべきことだ。
アップルのスマホやグーグルがない世界など、日本人には想像すらできないかもしれない。しかし、いまの中国では誰も何も困らず生活できる。この現実を多くの日本人が理解できていないのだ。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2025年5月11日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録ください)
image by: miss.cabul / Shutterstock.com
MAG2 NEWS...
<6146> ディスコ 30430 +1665大幅続伸。同社のほか、レーザーテックやKOKUSAIなど半導体関連が上昇率上位に名を連ねる。トランプ米政権では、バイデン前政権が打ち出したAI向け半導体の輸出規制強化策である「AI拡散規則」を撤回する方針と報じられており、買い材料につながっているようだ。半導体輸出規制全体の見直しの一環ともみられているもよう。方針変更は早ければ本日にも発表のもよう。前日
日本被団協の2024年ノーベル平和賞受賞により、大きな前進が期待された核廃絶への道。しかし現実は厳しいと言わざるを得ない状況にあるようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、世界各地に存在する「核兵器使用の危機」を取り上げ各々について詳しく解説。その上で、NPT(核兵器不拡散条約)の存在意義を改めて問うています。※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:核兵器は本当に戦争を抑止するのか?それとも人類を抹殺する地獄の兵器として第3次世界大戦の扉を開くのか?
第3次世界大戦の扉を開くのか。進まぬ核廃絶の道
「あなたがたは本当にこのような惨状を望むのか?」
これは、インドとパキスタンがカシミール地方を巡って一触即発の状態にまで緊張が高まり、核戦争前夜とも言われた際、アメリカの国務長官や軍統合参謀本部議長を歴任した故コリン・パウエル氏が、インドとパキスタン間をシャトル外交で往復した際に、広島と長崎の原爆投下によって引き起こされた破壊と惨状の記録写真を両国のリーダーに見せて問うた質問です。
彼は常に広島と長崎の写真を手帳に挟んでいたそうで、常にそれをリーダーの戒めとして持ち歩いていたそうです(その惨状を引き起こしたのは、どの国だったか?と突っ込みたくなることもありますが、そこ
...moreはあえて触れないでおきます。ちなみに昨日、ネベンジャ露国連大使からこの点について突っ込まれましたが)。
ロシアが核兵器を通じてウクライナおよびその背後にいる欧米諸国とその仲間たちに恐怖を与え、3年以上にわたってウクライナを蹂躙し続ける姿や、イスラエルが、公には口にしないとしても(ユダヤの力のベングビール氏が、ガザへの核兵器使用について一度言及しましたが)、国家安全保障の旗印の下、パレスチナの壊滅に勤しみ、国際人権法を無視し、一般市民の虐殺を行っている姿をもし見ていたとしたら、どのような発言をし、行動をされたのだろうか?と考えます。
またインドとパキスタンの間で核兵器を巡る議論も白熱し、どんどん緊張が高まっていることで、かつてパウエル氏がシャトル外交で防いだ核戦争の勃発が、先週以降また現実味を帯びてきている現状を見たら、もし彼がまだ生きていて、政府の要職に就いていたなら、どのような手を打っただろうか?と想像しています(彼はトランプ氏からの誘いには応じず、政権外にいたはずですから、どれほどの発言力と影響力があったかは分かりませんが、かなり大きく明確な批判を展開していただろうと想像します)。
世界における核兵器軍縮および廃絶に向けた議論は、一時期盛り上がり、核軍縮が進む機運が高まった時期もありますが、中国による核戦力の著しく迅速な拡大と、北朝鮮による核戦力の拡大(と保有)などの安全保障上の現実を突き付けられ、その後、2022年の“世界最大の核兵器保有国である”ロシアによるウクライナ侵攻後、ロシア政府が再三、核兵器使用の可能性について言及し、おまけに核使用ドクトリンを改定したことで、一気に核兵器の存在と役割、そして核兵器がもつ意味についての議論が再燃しました。
その結果、アメリカとロシア、中国に後れを取っていると自覚していた英国は、ジョンソン政権時に核戦力の拡大を公言し、は現在のスターマー政権下でも方針が変更されていません。
先制攻撃の手段として核兵器を使用することはないロシア
フランスは、英国に呼びかけて、アメリカが欧州の安全保障にコミットしないリスクを考え、英仏が欧州全域に核の傘を提供するような安全保障の仕組みを急ぎ構築すべきだとの考えを述べ、それを欧州各国とウクライナとの対話・協議の場でも繰り返しています。ただ、マクロン大統領の提案は現時点では欧州各国の総意を獲得できていません。
マクロン大統領の覚悟も、バイデン政権下のアメリカが再三かけていた圧力も、対象はあくまでもロシアによる核兵器使用に対する抑止ですが、ロシアによるウクライナ侵攻から3年以上たった今、明らかになってきていることは、【ロシアは(先制攻撃の手段として)核兵器を使用することはない】ということです。
事あるごとにプーチン大統領本人や、メドベージェフ氏などが核兵器使用の可能性について言及することはありますし、前述のようにロシアは核兵器使用に対するドクトリンを改訂して“覚悟”を示す姿勢を取り、また核兵器戦術部隊もon alertにするなど、いかにも核兵器使用に前向きなイメージを醸し出していますが、そのような中でもNot First Useのルールは貫いています。
最新の核兵器使用のためのドクトリンでも、First Useの規定はなく、あくまでも「ロシアの国土が外部からの敵に攻撃され、ロシアの国家安全保障の脅威が生じたと考えられる場合に、核兵器の使用が検討される」という言い方に留まっています。
その観点から見ると、ウクライナが昨年夏の奇襲でロシアのクルスク州を攻撃し、占拠した際には「限定的かどうかは別として、何らかの形で核兵器が使用されるかもしれない」と肝を冷やしましたが、ロシア側は核兵器使用の可能性を選択肢としてテーブルに並べはしても、あくまでも通常兵器を用いた対峙を選択しています。
今週に入ってゲラシモフ統合参謀本部議長がプーチン大統領に対して「クルスク州の全面奪還」を報告していますが、その実情の真偽はともかく、確実なのは“これまでのところ核兵器は使用されなかった”ということでしょう。
以前、英国で開かれた会合に招かれた際に「今回、ロシアが核兵器を使用するといいながら使用できない場合は、核兵器は使用できない兵器・選択肢であることを安全保障と軍縮のコミュニティに示すことを意味する。米ロ中英仏という核保有国がFirst Use(先制攻撃における核兵器の使用)をしないことを公言し、それがこれまで通りに遵守されるという前提が保たれたら、可能性はretaliation(報復攻撃)としての使用に限定される。ただいくら自衛の権利があるとはいえ、核兵器がいかなる形でも用いられた暁には、それは核兵器による交戦を招き、第3次世界大戦が勃発することを待たずに、我々人類の滅亡が訪れることを意味するため、P5=nuclear fiveによる核兵器の使用は考えられない」と話した内容に合致すると思われます。
加えてNuclear Five以外の核保有国(インド、パキスタン、北朝鮮、そして恐らくイスラエル)についても、N5ほどの確度はありませんが、核兵器の存在はあくまでもdefensive purpose(自衛目的)に過ぎず、攻撃目的ではないと言えると考えますので(実際に「我が国に対する攻撃が行われた場合には…」という条件を付けています)、核兵器が用いられる戦争が勃発することは考えづらいと思われます。
核兵器の使用が懸念される現在進行系の2つの案件
ロシアとサウジアラビア間の直行便が再開される意味
もう一つの懸念は、これまでにも触れたことがありますが、イスラエルによる対パレスチナ、レバノン、シリアへの攻撃が拡大し、同時にイランと親イラン勢力(フーシー派など)への圧力が拡大した場合、すでに対イスラエル包囲網を築きつつあるサウジアラビア王国を核としたアラブ諸国とイラン、そしてトルコと、イスラエルとの間での軍事的な緊張が極限まで高まる可能性が指摘されています。
現時点では、イランもアラブ諸国も核兵器を保有していないと思われますが、イスラエルに関してはその限りではなく、トルコについては、意味合いは違いますが、NATO軍の核弾頭が配備されています。トルコにあるNATOの核兵器がイスラエルに対して用いられることはないと断言できますが(普通なら)、時間軸的にアラブ諸国がイラン、そして中ロと組んで核開発に乗り出すようなことになれば、中東地域のパワーバランスに大きな変化をもたらすことになります。
直接関係がないように見えますが、近くモスクワとリヤド(サウジアラビア王国)間の直行便が再開され、両国間の関係改善と経済的な結びつきの強化が図られるという情報が入ってきていますが、中東アラブ諸国はロシアとの協力を強めることで、安全保障面での体制強化も(そこに核兵器の問題も絡むと主張する専門家もいます)図られるのではないかと見ています。
サウジアラビア王国をはじめとするアラブ諸国が、イランも含め、一夜にして核保有国になり、即座にイスラエルと対峙することは考えづらいと思いますが、現在進行形のイスラエルとアラブ諸国(+イランとトルコ)の緊張の高まりが危険水域で長期...
6ヶ月以内にウクライナ戦争停戦を実現させると主張し続けるも、事が思い通りに進まないと見るや「仲介からの撤退」を口にし始めたトランプ大統領。場当たり的な外交で世界を大混乱に陥れた合衆国大統領はこの先、どのような代償を払うことになるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、トランプ外交の限界と分断の拡がりについて詳しく解説。さらに「第3次世界大戦」勃発の可能性についても考察しています。※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:紛争調停から一気に手を引くトランプ政権-戦争の連鎖がもたらす世界戦争の危険性
停戦協議の場でちゃぶ台返しを連発し相互関税を乱発。トランプが国際社会のみならず政権内でも引き起こす“緊張の高まりと分断”
「もう一体何を考えているのか理解できないし、これ以上、振り回されるのはごめんだ」
これはトランプ大統領とその政権の方針が定まらず、言うことや行うことがコロコロ変わり、対応に翻弄されている欧州諸国のリーダーたちや、アラブ諸国、東南アジア諸国のリーダーたちが感じていることではないかと思います。
そして、それはまた、米国内の議会関係者やビジネスリーダー、そして消費者にとっても同じような状況で、日々言うことが変わるトランプ劇場にウンザリしているというのが
...more事実ではないでしょうか。
しかし、皆が困る中、そのような朝令暮改的な対応に翻弄され、実際に困っているのは、現在、様々な戦争の真っただ中にある国々ではないかと思います。
例えばウクライナのゼレンスキー大統領は、前政権時からのトランプ大統領とプーチン大統領の距離感・親密さをベースに一抹の不安を抱きつつも、「24時間以内に戦争を終結させる(その後、6カ月以内に変更)」という“公約”に希望を抱き、第2次トランプ政権発足前からトランプ大統領にアピールし、政権発足後、すぐに停戦に向けて可能な限り優位な立場に立つために、アメリカによるウクライナ支援の継続と拡大をトランプ大統領に求めました。
ただトランプ大統領は、どうもゼレンスキー大統領の姿勢を良く思っていなかったようで、政権発足後すぐから「解決にはウクライナではなく、ロシアがどう動くかが大事」と考えたのか、プーチン大統領のご機嫌取りに興じることにしたようです。
この背後には、前政権時のトランプ大統領自身の記憶が色濃く影響しているものと考えます。
まずプーチン大統領との関係については、トランプ大統領とその側近たちによると「プーチン大統領と面と向かって話し合い、説得できるのはトランプ氏だけ」という強い思い込みがあるため、今回の政権発足当初から「プーチン大統領と直に話すことで、彼を説得し、停戦に持ち込むことができるはず」と盲目的に信じ、それをより確実にするために、ロシア側が提示する“停戦のための条件”をほぼ丸呑みにする作戦を選択しています。
「憧れの存在」プーチンの魔法に見事にかかったトランプ
今週に入ってロンドンで米欧ウクライナの協議が行われましたが(ただしルビオ国務長官が欠席を表明したため、外相級会合は延期され、代わりに高官級協議に変わりました)、その場で提示された“停戦合意案”は、ロシアの条件がちりばめられており、ウクライナにも、欧州各国にも受け入れが非常に困難な内容になっています。
例えば「クリミア半島におけるロシアの実効的な支配をアメリカが承認し、クリミア半島をロシアの領土と見なす(そして欧州各国にも同意させる)」というものや、ウクライナ東南部4州については、「すでにロシアが一方的に編入した部分はもちろん、今でもウクライナ領として残存しているエリアもロシアに編入させる」という、これもまたロシアの要求をコピペしたような内容が提示されています(そして見事にプーチン大統領がウィトコフ特使を通じてトランプ大統領に伝えている「現時点の前線を認めることを前提とするなら、停戦協議のテーブルに就く用意がある」という内容にも合致します)。
ロシアは、ペスコフ大統領府報道官曰く「アメリカ政府の提案にロシアは非常に満足している」とのことですが、その背後には、ロシアが一向に停戦の協議を前に進めたがらないことにいら立つトランプ大統領の焦りが透けて見えますし、完全にロシアのペースにはまっていることを示していると考えます。
さらに最近のイースター(復活祭)の間の30時間の停戦をプーチン大統領が突如発表したことは、ただの目くらませと考えられますし、実際には「前線において停戦は行われていなかった」という情報も複数入っていますが、これはロシアがトランプ政権のレッドラインを見極めるための危ない賭けと見ることができるかと思います。
なかなか進展がない状況にかなり苛立ってはいるものの「プーチン大統領を説得できるのは自分だけ」と信じて疑わない(少なくとも表向きにはそう主張し続ける)トランプ大統領の心情は、前政権時にプーチン大統領と“良好な関係”を築いたという幻想と、長きにわたり抱き続ける独裁者・独裁体制への憧れと、その象徴的な存在としてのプーチン大統領への個人崇拝にも似た心理が今、トランプ大統領の取り扱い方を熟知しているプーチン大統領に利用されているように見えます。
今後、この幻想が幻滅に変われば、ロシアおよびプーチン大統領に対してどのような態度に出るかは予想不可能ですが、これまでのところプーチン大統領の魔法に見事にかかっているように見えます。
トランプ政権が着々と進める「責任転嫁」の準備
エジプトとカタールが尽力してきた仲介プロセスは無視
同じようなことはイスラエルが暴れ狂う中東地域でも顕在化してきているように思われます。
トランプ大統領は、かわいい娘Ivanka氏の婿であるJared Kushner氏がイスラエル国籍も保有するユダヤ人であり、第1次政権時にも超が付くほど親イスラエルの姿勢を取りましたが(エルサレムを首都と宣言し、アメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転したことなど)、その際、ネタニエフ首相がこれでもかと言うほど、トランプ大統領の言うことを聞き、トランプ大統領に取り入ったことで、トランプ大統領にとっては「ネタニエフ首相は自分を言うことを聞くかわいいやつ」という確固たるイメージが定着していることで、第2次政権においてより色濃くPro-Israelの姿勢を鮮明にさせています。
ネタニエフ首相は表向きトランプ大統領に従い、最近の関税措置(相互関税)が発表され、イスラエルも例外ではないと言われた際も、トランプ大統領の方針に反抗するそぶりは一切見せず、代わりにイスラエルは完全に服従する姿勢・恭順姿勢を鮮明にさせることでトランプ大統領からの日ごろの贔屓に応えることで、アメリカ政府からさらなる親イスラエル姿勢を引き出しています。
ウクライナ案件同様、トランプ大統領は就任前から“ガザ情勢の鎮静化・戦争の終結”を公言していましたが、彼の提示する“解決”はすべてイスラエル寄りの内容であり、さらには自らのイメージも活用して、「ガザ地区をアメリカが所有して再開発する。そのためにガザの住民は周辺国に恒久的に移住するべき」という荒唐無稽な案をぶち上げて、仲介者ではなく、イスラエルの強力なサポーターとして動くことを鮮明にしました。
ウィトコフ氏を中東特使に就け、イスラエルとハマスの停戦協議(戦闘停止と人質解放)を担当させていますが、それは中立の立場からではなく、完全にイスラエル寄りの采配を行い、うまくいかないのはすべてハマスが悪いということを公言することで、調停努力を滅茶苦茶にしています。
さらにはこれまでエジプトとカタールが尽力してきた仲介プロセスを無視し、アメリカ案をテーブルに乗せるという荒業を強行して、停戦の機運を吹き飛ばしただけでなく、それはイスラエルに付け入る隙を与え、極右が主張するガザおよびハマスの完全壊滅と、パレスチナの存在を消し去るという凶行を後押ししているように見えます。
イスラエルが行っている攻撃や人道支援のブロックなどは、明らかな国際人道法違反で、ガザで行われていることはまさにジェノサイドですが、そのような状況を招いたのは、イスラエルが悪いのではなく、ハマスの存在と柔軟性の欠如というようにレッテルを貼り、ここでもまたプロセスが失敗に終わった際の責任転嫁と撤退のための手筈が整えられている様子が覗えます。
第1次政権時にトランプ氏と非常に近しかったモハメッド・ビン・サルマン皇太子(サウジアラビア王国)は、バイデン政権に冷遇され、公で非難されたことと...
なぜイーロン・マスク氏は、目下、世界経済を混乱に陥れているトランプ大統領の側近になったのか?どのような問題意識と行動原理によって、米国の“スクラップ&ビルド”に取りかかったのか?そもそも、シリコンバレーの富裕層たちがトランプ氏支持に回った理由とは?著名エンジニアの中島聡氏が、カナダ出身のジャーナリスト、ナオミ・クライン氏のトランプ批判を踏まえて解説する。(メルマガ『週刊 Life is beautiful』より)※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし) ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
なぜシリコンバレーの富裕層はトランプ政権を支持しているのか?
The Guardianに、カナダ出身のジャーナリストで社会批評家であるナオミ・クラインにより書かれた、「The rise of end times fascism」というタイトルの記事が掲載され、話題になっています。
日本語に訳せば「終末論的ファシズムの台頭」となりますが、トランプ政権と、トランプ政権を
...more支えるシリコンバレーの富裕層を厳しく批判する記事です。
彼女は、近年のアメリカ極右運動が「終末論」的な世界観を強めていると指摘しています。これは「自分たちの文明や価値観が破壊される」という危機感を煽り、排外主義や暴力的な言説を正当化する手法だと批判しているのです。
トランプ大統領やイーロン・マスクの強引なやり方に危機感を抱く点は理解できますが、彼女のようなアクティビストの発言が、「反トランプ陣営」を元気付け、各地でテスラ車に火をつけるなどの暴動が起こっていることを考えると、彼女の言説が結果として暴力的な行動を促すという皮肉な結果になっていることも事実です。
「行き過ぎた多様性への反動」だけではない、イーロン・マスク氏の行動原理
この件に関しては、私なりの解釈は以下のようなものです。
シリコンバレーの富裕層がトランプ氏の支持に回った理由は、バイデン政権時代の行き過ぎたDEI(多様性・公平性・包摂性)ムーブメントと、膨らみ過ぎた財政赤字にあります。
行き過ぎたDEIは、白人男性を逆差別することになっているし、不法移民を増やすことにもなっています。白人警官による黒人に対する差別行動をきっかけに起こった、左翼が政権を握る各都市での警察予算のカットは、サンフランシスコ、シアトル、ポートランドなどの治安を大幅に悪化させました。
トランプ氏はトランプ氏で欠点だらけの人ですが、バイデン政権に対抗する共和党の大統領候補になった段階で、シリコンバレーの富裕層の多くが、トランプ氏のサポートに回ったのは、私には驚きではありませんでした。
私にとって、一番の驚きは、イーロン・マスク氏がトランプの側近として、政府予算を大幅にカットするDOGE(Department of Government Efficiency、政府効率化省)のリーダー役を買って出たことです。Tesla、SpaceX、Xなどの経営で忙しい彼が政府のために貴重な時間を割くことは、Teslaの株主としては賛成しかねる行動です。
イーロン・マスクがなぜそんな行動に出たかについては、色々な説がありますが、私は「目の前の問題が難しければ難しいほどアドレナリンが上がる」という、彼の性格・欠点が、彼にそんな行動をさせているのだと解釈しています。
彼は、TeslaとSpaceXの両方を倒産の危機から救っただけでなく、誰もが羨むような素晴らしい企業へと成長させました。さらに、左翼思想に支配されていたTwitterを買収し、8割の人員をカットした上で、立て直すという、スクラップ&ビルドの離れ業をやってみせました。
イーロン・マスクがDOGEで取り組んでいるのは、長年に渡る官僚主義で肥大化した米国政府の官僚組織のスクラップ&ビルドなのです。当然ですが、大きな痛みを伴うし、敵もたくさん作ることになります。日本も同様ですが、官僚組織の周りには、税金に頼る経済圏が出来てしまうため、それを破壊することは簡単ではないのです。
トランプ氏がアナウンスした相互関税もかなり強引なもので、各国を交渉の席に付かせるのには役立つでしょうが、関税は世界全体の経済にとってマイナスであり、株式市場は乱高下をすることになっています。
企業による5年先、10年先を見た設備投資には、安定した政治が不可欠であり、今のような「不確実な時代」には企業は設備投資を控える傾向があり、それが大きな懸念です。(次ページに続く)
【関連】中島聡が「ラピダスの大敗北」を直感する理由。TSMCになれない日本の半導体メーカーが抱える「最大の弱点」とは?
「Appleのブランド戦略」が米国の製造業を崩壊させた?
トランプ氏は製造業を米国国内に呼び戻すと宣言していますが、(残念ながら)教育レベルが日本や中国よりも低い米国に、多くの人を雇用する製造業を呼び戻すことは難しいのが現状です。
これから米国で工場を作るのであれば、可能な限り自動化された工場を作ろうとするのは当然の経営判断であり、必ずしも大きな雇用は生み出さないと予想できます。
ちなみに、ナオミ・クラインを有名にしたのは、彼女が1999年に出版した著書『ノー・ロゴ』です。
この著書の中で、彼女は、ナイキのブランド戦略を分かりやすい例として取り上げ、「モノ作り」よりも「ブランド作り」を重視する戦略が米国の企業の間に広まり、「製造」などの利益率の低いビジネスは、海外にアウトソースした方が儲かる、というビジネスモデルを作り出してしまったことを激しく批判しています。
これで思い出したのが、Simon Sinekによる「How great leaders inspire action」というタイトルのTED Talkです。
彼は、ナイキやアップルが、製品の仕様や性能を訴えるのではなく、彼らの製品を使う人たち(アスリーツやクリエーター)を称えることにより、「なぜ、ナイキやアップルの商品を買うべきか」という、消費者の心の奥底に届くメッセージを届けることにより成功していることを分かりやすく説明している、私が大好きなTED Talkの一つです。
ナオミ・クラインが批判しているのは、まさにこの部分である点がとても重要なのです。
企業が、ナイキやアップルを見習ったブランド戦略を取る限り、製品の製造そのものはアウトソースした方が理にかなっており、それが米国社会の「空洞化」もしくは「ミドルクラスの崩壊」をもたらしている、というのが彼女の批判なのです。
【参考資料】
Wikipedia: Naomi Klein/
Naomi Klein: Trump NOT The Anti-Globalist We Demanded/
Trump allowing the wealthy to ‘have their way’ with U.S., says author Naomi Klein/
【関連】【中島聡×古田貴之 特別対談Vo.2】「やれる方法を考える」のがイノベーション。AIロボット実現のための社会革命!
(本記事は『週刊 Life is beautiful』2025年4月22日号を一部抜粋・再構成したものです。「OpenAIとAnthropicが取るべき戦略」「LLMとVibe Coding」「世界を大恐慌から救った農林中央金庫?」などメルマガ全文はご購読のうえお楽しみください。初月無料です ※メルマガ全体約2.2万字)
【関連】中島聡が大胆予測、「コードが書けるAI」で「SIerの中抜き」が意外な進化を遂げる理由…ムダすぎて草?
【関連】中島聡がガチでテスト、「今一番賢いローカルAI」のすごい実力。Phi-4やGemma3を知らない人、そろそろヤバいかもです
image by: MAG2NEWS
MAG2 NEWS...