今やメディアで「当然に、しかも近々」勃発するかのように伝えられる、中国による台湾への軍事侵攻。プーチン大統領がウクライナ戦争で国際社会から猛烈な批判を受ける中にあって、習近平国家主席がそのような「暴挙」に出る可能性はあるのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、「台湾有事切迫論」を一蹴。さらに岸田首相の軍拡路線を、架空の前提に基づく大愚策とバッサリ斬っています。
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岸田軍拡の無理筋。「台湾有事切迫論」という大嘘に基づき国の行方を誤る大愚策
前号で「野党第一党の腑抜けの原因の第2は、米日好戦派から繰り出されてくる『中国脅威論』『台湾有事切迫論』の心理操作に対して、この党が戦えないどころか、完全に巻き込まれてしまっていることにあるが、これは話せば長いことになるので別の機会に譲る」と述べた。その後、鹿児島の護憲平和フォーラムの集会で「台湾有事切迫論の嘘に惑わされるな」と題して講演したので、その中で前号と重ならない部分を中心にしつつ若干の補充を加えた要旨を採録する。
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世間知らずの軍人の妄想でしかない台湾有事切迫論
台湾有事が切...more迫しているかの言説が突如として噴き上がったのは、フィリップ・デビッドソン=前インド太平洋軍司令官が21年3月に米上院軍事委員会の公聴会で、中国の台湾軍事侵攻について「この10年以内、実際には今後6年の内にその脅威が現実のものとなると私は思う」と発言したのがきっかけである。
〔原文:Taiwan is clearly one of their ambitionsbefore that, and I think the threat is manifestduring this decade, in fact, in the next sixyears.〕
この発言は、「今後6年以内」と予測期限を明示したことが新鮮で、米日のメディアが大々的に報道して話題になった。しかし、その公聴会の記録を見ても、彼はなぜ「6年以内」なのかの理由を示しておらず、また居合わせた上院議員からもそこを確かめようとする質問は出ていない。その後、同発言の波紋が広がる中で記者団から度々問われて彼が言ったのは、「22年秋の党大会で3期目の続投を決める習近平総書記が、さらに4期目に繋ごうとするのが27年だ」ということだった。また、デビッドソン本人がそれを口にしたかどうか本誌は未確認だが、他の米軍幹部の言葉として「27年は中国人民解放軍創建100周年に当たる」という“節目感”も漏れ伝わっている。
ご冗談でしょう!と言うほかない。確かに慣例を破って3期目、さらに4期目まで計20年間もの長期政権を目指すという無理を重ねるよりも、上手に次代、次々世代の後継者を育てて席を譲り大長老として悠々と国の行末を見守ろうとする方が遥かに賢明な選択ではないかと私も思うけれども、そうかと言って、習4選が、中国と台湾の兵士のみならず市民が何万、何十万と犠牲になり、中国のみならず世界の経済に破滅的な打撃を与えるであろう「戦争」を敢行することなしには達成できない難関事と決めつける極端な判断が、一体どこから出てくるのか。全世界の最優秀の中国研究者を100人か1,000人集めてアンケートを取っても、この判断に賛成する者は皆無だと断言してもよく、つまりこれは軍事には明るいかもしれないが国際政治や中国事情は何も知らない世間知らずの軍人の妄想に過ぎない。
増してや、習が「人民解放軍100周年だから、一つこの辺で戦争を起こそうか」と思うかもしれないと想定するのは、ほとんど狂気の沙汰で、そんなことで戦争が起きた例は世界史上に皆無である。
絶対に起こらない27年の中国による台湾軍事侵攻
ペンタゴンに直結するシンクタンク=ランド研究所の上級防衛分析官であるデレク・グロスマンが、Nikkei Asia 22年11月16日付寄稿で「11月14日、バリ島でのG20首脳会議に先立って習近平主席と会談したバイデン大統領は、会談後『中国側には、台湾に侵攻しようといういかなる差し迫った企図(imminent attempt)もないと、私は思う』と述べた」と指摘している。
また彼は習の党大会報告の台湾に言及した個所について、
「多くの国際的メディアの報道とは反対に、先月の大会では習近平は台湾の問題では全くもって控えめで、激するところはなかった。習は、8月のペロシ米下院議長の訪台などを念頭に『外部勢力による目に余る挑発的な干渉』を非難したが、台湾当局そのものを非難することを避け、むしろ1つの中国の前提の下での政治的交渉の可能性への期待を残しておくよう心がけた」
「北京は少なくとも2024年1月の総統選で親中的な国民党が蔡英文の民進党に勝つかどうかをじっくり見極めようとするだろう」
と述べている。私の習報告の台湾関係部分への評価も同じだし、台湾の友人らも同意見で「蔡英文政権は不人気で行き詰まっており、ペロシ来訪などバイデン政権の対中国刺激作戦に乗って緊張感を高めることで人気回復しようとしたがダメ。24年の総統選挙ではほぼ確実に国民党が勝つ。国民党は絶対に『独立』などしないから、27年に中国の台湾侵攻など起こらない」と言っている。
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フェイク情報に真っ先に飛びついた安倍・麻生
冷静に考えればデビッドソン発言の虚妄性は明らかで、
危機切迫を煽って軍事予算を獲得したい軍人
米軍産複合体に籠絡されている議会のタカ派国防族
その同伴者である右派の米マスコミ
米国発の情報を無批判に受け入れる米国崇拝的な日本のマスコミ
が連なると“伝言ゲーム”的な増幅が起きて、日本国民にはフェイク情報のシャワーとなってのしかかってくるのである。
それに真っ先に飛びついたのは、故・安倍晋三元首相と麻生太郎副首相(当時)で、デビッドソン発言が報じられた数日後に2人で額を寄せて「これはいよいよ大変だ。台湾有事は必ず起こり、それは直ちに日本有事に波及するとの判断を情勢認識の基調に据えて、本気で防衛力の整備を図らなければならないぞ」と語り合ったと言われている。
それですっかり舞い上がったのが、佐藤正久=自民党外交部長で、『知らないと後悔する日本が侵攻される日』(幻冬舎新書、22年8月刊)の中で、
▼早ければ2027年というのが私の読み。デビッドソン司令官もそう言っている。
▼習近平が「国を強くしたね」と国民から認められるには、台湾の統一が一番。少なくとも離島の1つぐらいは占領しないと。
▼短期決戦に持ち込むには、私なら
北朝鮮に朝鮮半島で何らかの動きをさせ
ロシアに極東やオホーツク海でアクションを起こさせ
ロシアにヨーロッパ東部でもアクションを起こさせて、米日欧の戦力を分散させる
と述べている。「私の読み」と言うのは明らかな嘘で、デビッドソン発言が報じられたのをいいことに「私も前々からそう考えていた」と後出しジャンケンをしているに決まっている。そうでないと言うなら、「私の読み」の根拠をきちんと示さなければならない。また、中国人民は国が経済的に豊かになることを切望すればこそ軍事的に強くなることを特に望んでいない。習近平もそのことを先刻ご承知で、人々の間にまだまだ残る格差を解消し皆が安心して暮らすことができるようにするために命懸けで取り組んでいて、「離島の1つぐらいは占領しないと」国民の支持が得られないなどという稚拙なことは考えているはずがない。
さらに、中国が台湾侵攻に打って出る時には、北朝鮮とロシアにも一斉に軍事行動を起こさせるというが、中国に北やロシアにそんなことを命令できる権限はないし、要請したとしても各国はそれぞれの事情に従って国益を考慮して意思決定をするのであり、中国の旗振りで「旧共産陣営」が打って一丸、「第3次世界大戦」に突入するなどというのは、狂気じみた妄想に過ぎない。こんな、軍事・外交について幼稚園レベルの認識しか持たない似非軍人が自民党の外交政策の責任者に収まっているとはビックリ仰天である。
「台湾有事切迫論」を煽り立てるマスコミの意図的な歪曲
このような歪んだ「台湾有事切迫論」をさらに煽り立てるのはマスコミである。例えば、昨秋の党大会報告で習が「台湾統一について『武力行使を決して放棄しない。あらゆる選択肢を持ち続ける』と宣言し、台湾への関与を強める米バイデン政...