空間そのものが導線になるようです。
アメリカのパデュー大学(Purdue University)で行われた研究により、量子もつれの仕組みを使うことで空間からエネルギーを抽出&テレポートし、さらにそれを別の場所に「保存」することに成功しました。
これまでの研究ではエネルギーをテレポーテーションさせること自体は可能でしたが、テレポートさせたエネルギーはすぐに空間に飛び散ってしまい、保存することは困難でした。
しかし新たな研究では保存用の量子をテレポートシステムと連動させることでその保存を実現しました。
エネルギーのテレポーテーションは私たちの住む宇宙空間そのものを導線とする技術であり、将来的にさまざまな用途に用いられると期待されています。
研究者たちはテレポートしてきたエネルギーを蓄えることで、化学反応などを起こせるようになると述べています。
今回はまず2023年に実現した量子エネルギーテレポーテーション(QET)について解説しつつ、次いで本研究で実現したエネルギー保存の方法について紹介したいと思います。
研究内容の詳細は2024年9月6日にプレプリントサーバーである『arXiv』にて「量子コンピューター上の準真空からエネルギーを抽出して保存する(Extracting and Storing Energy From a Quasi-Vacuum on a Quantum Compute
...morer)」とのタイトルで公開されました。
目次
堀田昌寛氏が提唱した「量子エネルギーテレポーテーション理論」3つ目の量子ビットにエネルギーを保存する
堀田昌寛氏が提唱した「量子エネルギーテレポーテーション理論」
SF作品ではさまざまな動力源が登場します。
その中には核融合炉のような現実が追い付きつつものもあれば、対消滅を利用した反物質炉やブラックホールを利用した縮退炉、さらには真空の揺らぎからエネルギーを採取する「ゼロポイントエネルギー」なども登場します。
20世紀には核融合炉を含めて全て「遠い」技術と思われていましたが、21世紀に入ると少しずつ状況が変化してきました。
特にゼロポイントエネルギーに関しては大きな前進があり、2008年に日本人の堀田昌寛氏によって画期的な「量子エネルギーテレポーテーション理論(QET)」が発表されました。
量子エネルギーテレポーテーション理論では、量子もつれとゼロポイントエネルギーを使用することで、ある空間Aに入力したエネルギーを別の空間Bへテレポートさせ取り出すことが可能であることが示されています。
「何もない空間にエネルギーを入れられるのか?」と思う人もいるかもしれませんが、実は私たちの存在する宇宙には、真の意味で「無」である空間(真の空間)は存在しません。
空間をどんどん拡大していくと、そこでは激しいエネルギー変動が起きており、粒子が現れては消えていくというダイナミックな世界が広がっています。
このような空間が持つ揺らぎのエネルギーのことを物理学では「ゼロポイントエネルギー」と呼んでいます。
量子エネルギーテレポーテーション理論では、量子もつれの仕組みを使って、このゼロポイントエネルギーに対してエネルギーの入力と出力を行うことを目指しています。
量子力学では粒子だけでなく空間のエネルギーも、もつれ状態にできると考えられているからです。
ノーベル物理学賞「量子もつれ」をわかりやすく解説
量子もつれにおいて興味深いのは、2つの真空は「一方がαパターンならもう一方がβパターンれになる」という決まりだけが、見えない糸で関連付けられただけの状態にあり、どっちがαパターンかβパターンかといった情報は、観察するまで、まだこの宇宙には存在していない状態にあります。 観察を行った瞬間、αパターンでもβパターンでもなかった空間に変化が起こり、どちらか(図ではαパターン)として生まれ変わります。 そして一方(図では左)がαパターンに生まれ変わったという情報は、2つの間を結ぶ見えない関係性の糸を伝ってもう一方(図では右)に瞬時にテレポートしたかのように転送され、もともとのどっちつかづのパターンがβパターンとして再構成されるのです。 / Credit:clip studio . 川勝康弘
そのためA地点とB地点の空間が量子もつれの状態にある場合、A地点の空間とB地点の空間の真空のエネルギーは離れていても運命が「連動」するようになります。
このときA地点に対して測定と同時にエネルギーを与えた場合、運命が連動しているB地点からは、A地点に入力したぶんだけエネルギーを取り出せるようになるのです。
A地点にエネルギーを入れると、もつれ状態にあるB地点からエネルギーを取り出せるようになります。このときB地点では負のエネルギーも生成されます。また抽出できるエネルギー量はA地点に注入したものより多くなりません/ Credit:clip studio . 川勝康弘
エネルギーをお金、A地点とB地点がATM、そして空間のエネルギーが銀行、量子もつれをATM間を結ぶ口座情報だとすると、わかりやすいかもしれません。
異なる場所に置かれたATMでも口座の残金という運命によって繋がっています。
量子エネルギーテレポーテーションも同様に、量子もつれによってA地点とB地点が運命共同体となりA地点のゼロポイントエネルギーにエネルギーを追加し、B地点のゼロポイントエネルギーからそのぶんだけ引き出すのです。
量子エネルギーテレポーテーション理論はその難解さと奇抜さから、発表当初は現実では実現不可能であると考えられていました。
しかし2023年に行われた別々の2つの研究によって、量子エネルギーテレポーテーションの実証が成功しました。
1つ目の研究は有機分子内部の炭素間でのエネルギーテレポート、2つ目の研究では量子ビット間のエネルギーテレポートが実証されました。
これらの研究では空間的なA地点B地点というものを、有機分子内の2カ所の炭素原子や量子コンピューター内部の2カ所の量子ビットで代用されており、一方の炭素原子や量子ビットにエネルギーを注入した後、もう一方でテレポートと抽出ができることが示されています。
日本人が考案した「量子エネルギーテレポーテーション」をわかりやすく解説
2つの実証実験が成功したことにより、量子エネルギーテレポーテーションは理論から現実的な技術へと大きく踏み出しました。
ただエネルギーのテレポート自体には成功したものの、そのエネルギーを保存することはできませんでした。
B地点から取り出したエネルギーは不安定で、すぐに周辺の空間に飛び散ってしまったからです。
エネルギーの注入、テレポート、エネルギーの抽出の3つが実現しても、そのエネルギーの保存ができなければ実用面において問題になります。
そこで新たな研究では、B地点から抽出したエネルギーを保存するための新たな方法が考案されました。
3つ目の量子ビットにエネルギーを保存する
新たな研究は2023年に行われた2つ目の、量子ビットを用いた研究を拡張したものになります。
2023年の研究では2つの量子もつれ状態にある量子ビットAと量子ビットBが用意されました。
量子ビットはもつれ状態にあると同時に、エネルギー的に最も低い状態に置かれます。
これによって空間に存在するゼロポイントエネルギーに相当する状態になります。
また量子コンピューター内部では2つのビットは物理的に隔てられていました。
研究者たちは論文中にてこの状態を「準真空」と述べています。
次に量子ビットAだけに観測と同時にエネルギーが送られました。
そして量子ビットBに観測結果が送信され、情報に従って量子ビットBに対する操作を行いました。
すると量子ビットBでは量子ビットAに注いだぶんのエネルギーに応じた、エネルギーの抽出が実現したのです。
ビット間の情報伝達は光の速度以下のため、エネルギーの移動はアインシュタインの相対性理論に反しません。
ただ先にも述べたように、抽出されたエネルギーはすぐに空間に散逸してしまい、使える形で保存することはできませんでした。
そこで新たな研究では、保存用の量子Cを用意し、全体を3つのプロセスにわけて抽出されたエネルギーの保存を試みました。
また実験に当たってはIBMの量子コンピューターが使用されました。
ステップ①とステップ②の前半までは以前の研究と同じですが、量子Cに対する操作は新しい部分となっています/Credit:Songbo Xie et al ., arXiv (2024)
最初の2つのステップは、以前の実験と同じように、量子ビット...