「ジョニー・バレンタイン」とは?

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ダニー・ホッジ オクラホマの天才アスリート――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第23話> - 02月22日(木)08:31 

 “金メダル男”カート・アングルが出現する40年まえに存在したアングルよりももっとすごい経歴を持った天才オリンピック・アスリートである。  ホッジが育ったオクラホマ州ペリーという人口6000人のスモールタウンは、アマチュア・レスリングのひじょうに盛んな町として知られている。  ペリー・ハイスクール・レスリング部は過去、州選手権大会で団体優勝29回、124人の州チャンピオンを輩出した名門。ホッジもハイスクール時代、オクラホマ州選手権に優勝した。  海軍リザーブ=予備兵時代、19歳でヘルシンキ・オリンピック(1952年)に出場し、フリースタイル174ポンド級で5位に入賞。  海軍を除隊後の1954年にオクラホマ大に進学し、1956年にはメルボルン・オリンピックに出場。  トーナメント決勝戦(フリースタイル=174ポンド級)ではブルガリアのニコラ・スタンチェフを8-1のスコアでリードしながら、審判のミス・ジャッジでピンフォールをコールされ不本意な形で銀メダルを手にした。  オクラホマ大レスリング部時代の戦績は46戦全勝。NCAA選手権3回優勝。AAU全米選手権4回優勝。  大学3年のシーズンには10日間のスパンでNCAA選手権とAAU全米選手権のフリースタイルとグレコローマンの2種目で優勝。アマチュア・レスリングで手にすることのできるタイトルというタイトルはすべて獲得した。...more
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フリッツ・フォン・エリック 鉄の爪アイアン・クローの悲劇――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第21話> - 02月20日(火)08:31 

 “鉄の爪”アイアン・クローをトレードマークに一世を風びした超大物ヒール。テキサス生まれのれっきとしたアメリカ人だが、デビューから引退までフリッツ・フォン・エリックというドイツ名を名乗った。  エリックがデビューした1950年代は、第二次世界大戦でアメリカの敵国だったジャーマン(ドイツ系レスラー)とジャパニーズ(日系人レスラー)は自動的に悪役だった。  こういった政治的ステレオタイプは、冷戦構造時代のソ連系ヒール(イワン・コロフ、ニコライ・ボルコフ)、ホメイニ師政権時代のイラン系ヒール(アイアン・シーク)までつづいていく。  6フィート4インチ(約194センチ)、275ポンド(約125キロ)の巨体、馬のように太い大腿部、限りなくスキンヘッドに近いクルー・カット。ベルリンからやって来た“ナチスの亡霊”というキャラクターは、単なるヒールというよりは怪奇派といったたたずまいだった。  バーン・ガニアを下しAWA世界ヘビー級王座を獲得したことがあったが(1963年7月27日=ミネアポリス)、基本的には“遠征嫌い”として知られていた。  1959年、6歳の長男ジャッキー・ジュニアが雨の日に家の近所で遊んでいて誤って高圧電流に触れて感電死した。エリックは、ニューヨークをツアー中だった。この不慮の事故はエリック・ファミリーにふりかかる悲劇の歴史のほんのプロローグに過ぎなかった。  1...more
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ジョニー・バレンタイン 妖鬼の毒針殺法――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第19話> - 02月16日(金)08:31 

 バディ・ロジャースの宿命のライバルであり、無名時代のリック・フレアーの指導者であり、アントニオ猪木を一夜にしてスーパースターに変身させた男である。  トランス状態を思わせるガラスのようなブルーの瞳blank stareと“毒針殺法”と恐れられたエルボー攻撃がトレードマークで、日本では“妖鬼”なるニックネームがつけられた。  ジョニー・バレンタインは、ロープに飛ばないレスラーだった。対戦相手がバレンタインをロープに振ることは絶対に許さず、みずからも対戦相手をロープに振ることはしなかった。  バレンタインにとって、ロープワークはリアリティーのないムダな動きでしかなかった。  レスリングのテクニックを売りものにしたレスラーではなく、ただひたすらパンチとエルボーを相手の脳天、胸、腰に打ち込むというスタイルだった。ルー・テーズはバレンタインを“タフガイ”と形容した。  19歳でデビューし、47歳で引退するまでアメリカとカナダのほとんどのテリトリーをサーキットした。同時代を生きたスーパースター、バディ・ロジャースとはあるときは闘い、またあるときはタッグを組むという関係だった。  テーズからジャック・ブリスコまで歴代のNWA世界ヘビー級王座に挑戦し、フリッツ・フォン・エリック、ディック・ザ・ブルーザーらとも因縁ドラマのロングランを演じた。  バレンタインは必ずヒールとして新しいテ...more
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ザ・シーク 時代を超越したアラビアの怪人――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第15話> - 02月12日(月)08:31 

 アラブ系、イスラム教徒、あるいはシーク=首長を名乗る悪役レスラーは数多く存在したが、リングネームに冠詞の“ザThe”がついたザ・シークはオリジナルのザ・シークだけだった。  両親はレバノンからの移民で、シーク(本名エド・ファーハット)は10人兄弟の9番めとしてアメリカで生まれたが、シーク自身は半世紀にわたって“シリア出身”を自称しつづけた。  プロレス史上、もっとも観客に嫌われ、恐れられたヒールであり、優秀なプロデューサーとしてその“憎悪”をビジネスにした。  アメリカのレスリング・ビジネスが地方分権システムだった時代の代表的なレスラー・プロモーターのひとりで、1949年にザ・シーク・オブ・アラビアの名でデビューした。  シークは、1950年代前半、毎週土曜夜のプライムタイムに全米中継されていたプロレス番組“レスリング・フロム・マリゴールド・ガーデン”(ドゥモン・ネットワーク)の花形スターだった。  キャリアも年齢もシークとちょうど同じくらいの“ドゥモン世代”のスーパースターにはバーン・ガニア、ディック・ザ・ブルーザー、ウィルバー・スナイダー、キワー・コワルスキー、ジョニー・バレンタインらがいた。  1964年に“レスリング・フロム・マリゴールド――”の番組プロデューサーで興行プロモーターでもあったジム・バーネットJim Barnett&ジョニー・ドイルJohnny ...more
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ディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキー 生傷男と粉砕者――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第22話> - 02月21日(水)08:31 

  “生傷男”ディック・ザ・ブルーザー&“粉砕者”クラッシャー・リソワスキーは、史上最凶のタッグチームとして一世を風びした。  ちょうど“ストーンコールド”スティーブ・オースチンがふたりいるような感じのコンビだった。  トレードマークは瓶ビールのラッパの飲みと口にくわえたくしゃくしゃの葉巻で、いつもテレビカメラに向かってドスの利いた低音の声でがなり立てた。  ストーンコールドやカート・アングルらに代表されるツルツルに剃り上げたボルド・ヘッドが1990年代後半からミレニアムにかけてのトレンドだとすると、1960年代の流行は短く刈り込んだブロンドのクルー・カットだった。  ブルーザーとクラッシャーがタッグチームとして成功したいちばん大きな理由は、身長と体重がほとんど同じサイズで、まったく同じタイプのレスラーが本格的にタッグチームを組んだことだった。  身長はともに5フィート11インチ(約180センチ)、体重260ポンド(約118キロ)。四角い冷蔵庫のような厚みのあるボディーだった。  血縁関係はなかったが、“公称”イトコ同士で、体つきも雰囲気もよく似ていた。年齢はクラッシャーのほうが3歳年上で、キャリアでも下積み時代が長かったクラッシャーのほうが5年ほど先輩にあたる。  クラッシャーのニックネームは“ミルウォーキーを有名にしたレスラー”で、ホームタウンはペンシルベニア州ピ...more
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マッドドッグ・バション 狂犬は元オリンピック選手――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第20話> - 02月19日(月)08:31 

 元オリンピック代表選手からプロレスに転向し、“狂犬Mad Dog”をリングネームに大ヒールとして一世を風びした。  公式プロフィル上の身長は5フィート7インチ(約169センチ)となっていたが、じっさいはもっと低かった。  カナダ代表としてロンドン・オリンピック(1948年)に出場し、フリースタイル176ポンド級で第7位の成績を収め、1951年にプロレス入り。  デビュー当時は本名のモーリス・バションのままリングに上がっていたがいまひとつパッとせず、頭をツルツルに剃り上げ、あごヒゲgoateeをたくわえ、凶暴なヒールに転向した。  “マッドドッグ”のキャラクターを考案したのはオレゴンの大プロモーター、ドン・オーエンDon Owenだった。  バションは、アマチュア・レスリングの香りを完ぺきに消し去ることで成功をおさめたプロレスラーとだった。  パンチ、ストンピング、噛みつき、クロー攻撃、かきむしりといった単純な動きだけで試合を組み立てて、最後はパイルドライバー一発でフォールを奪うというひじょうにシンプルでわかりやすいスタイルを完成させた。  オリンピックの同期だったバーン・ガニアの宿命のライバルで、AWA世界ヘビー級王座を通算5回保持。ガニア対バションの定番カードが1960年代のAWAスタイルの基本形となった。  タイトルマッチの連戦シリーズでは、ベビーフェースのガ...more
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ジョニー・バレンタイン “妖鬼”の毒針殺法――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第19話> - 02月16日(金)08:31 

 バディ・ロジャースの宿命のライバルであり、無名時代のリック・フレアーの指導者であり、アントニオ猪木を一夜にしてスーパースターに変身させた男である。  トランス状態を思わせるガラスのようなブルーの瞳blank stare […]
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