トランプ外交の「再始動」により、にわかに緊張感が増した2025年の国際情勢。その流れは今月3日のベネズエラへの軍事侵攻でさらに加速したと言っても過言ではありません。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の「無敵の交渉・コミュニケーション術」』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、トランプ氏が国際法軽視のベネズエラ侵攻に踏み切った背景を分析し解説。さらに今後のアメリカとベネズエラの交渉の行方を考察しています。※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:迷走と混乱を極める国際情勢‐トランプ外交が導く世界的な悲劇
大きな恨みを残す「ベネズエラ軍事侵攻」という愚策
ただ、これまでとは違い、露骨にアメリカの軍事力を用いる過激な方向に傾いているように見え、今後、世界をより危険に晒し、無法状態を強める恐れを感じます。
その動きがより鮮明になったのが、1月3日に行われたベネズエラへの奇襲攻撃とMaduro大統領夫妻の連行・拉致です。
1月3日に米陸軍特殊部隊のデルタフォースと海軍第160特殊作戦航空連帯(通称“ナイト・ストーカーズ”)によるベネズエラへの奇襲攻撃が行われ、大統領夫妻が捉えられてアメリカに連行されるという衝撃の事件が起きました。
攻撃前にサイバー攻撃によって首都カラカスを停電させ、真っ暗闇の中を米軍のヘリが飛び交い、大統領夫妻を確保す
...moreるという作戦は、アメリカ側に全く犠牲者が出ることなく作戦を遂行したという点では軍事的には大成功と言えますが、国際政治および倫理上は大きな恨みを残す愚策だったと考えます。
ベネズエラ国防省および内務省によるとこの攻撃で100名以上が死亡し、うち40数名はキューバ政府から派遣されていた軍事顧問団だったとのことですが、その他に攻撃に巻き込まれた一般市民も犠牲になったと言われています。
内相が何度も公言するように、今回の事件を受けてベネズエラ国民の感情をさらに反米にすることになりましたが、このベネズエラへの奇襲攻撃と国際法を一切無視した(軽視した)アメリカの行いは、中南米諸国に暗い影と極度の緊張を与えることになっています。
すでにトランプ大統領自身がSNSなどで発言していますが、アメリカの威嚇の矛先はコロンビアのグスタボ・ペドロ大統領や、メキシコのクラウディア・シェインバウム大統領にも向けられ、「米国への麻薬の流入を阻止する行動に協力しないのであれば、Maduroと同じような扱いを受けるだろう」という不吉な脅迫が行われています。
この“米国への麻薬の流入を阻止する”というのが、今回、トランプ大統領が用いた“対ベネズエラ攻撃の正当化要因”の一つですが、果たしてこれはどれほど事実に基づいているでしょうか?
実はベネズエラからアメリカへの麻薬の流入というのは、国連で麻薬対策の中心的な役割を担っているUNODC(国連薬物・犯罪事務所)やCND(国連麻薬委員会)によると、トランプ政権が主張しているほどの大量のケースではなく、さらにベネズエラの麻薬密輸組織が扱っているのはほぼ全量が隣国コロンビアから米国に密輸されるコカインであり、ベネズエラはあくまでも中継地としての役割しか果たしていません。
また合成麻薬フェンタニルについては、中国が主な産地であり、それがメキシコを経由して米国に密輸されているというのが実際の流れであり、このフェンタニルの密輸にはベネズエラは“オフィシャルには”関与していません。
もし本当に“麻薬”問題が今回の奇襲作戦の正当化要因であるならば、ベネズエラへの攻撃と大統領の連行という荒業は説明できないのではないかと考えます。
あえてベネズエラと麻薬との関わり、そしてMaduro大統領と麻薬との関わりを見るのであれば、大統領を含む政権幹部が“太陽のカルテル(Cartel de los Soles)”と呼ばれる蜘蛛の巣のような組織を政府内および国軍内に張り巡らし、麻薬密輸の仲介から得た金銭を受け取っているという確たる証拠がありますが、果たして主権国家を攻撃し、国家元首を拉致・連行するほどの正当性を持つかどうかは非常に疑わしいのではないでしょうか(どちらかと言うと、バイデン政権時に受け入れたベネズエラからの経済難民の中に紛れて米国に入国したと言われている麻薬カルテルのトレン・デ・アラグアが、すでに米国内16の州で拠点を築き、中南米および中国からの麻薬の流入・密輸を助ける組織的な基盤が出来ていることの方が、はるかに深刻だと考えますが、これについても、これ以上は言及を避けておきたいと思います)?
軍事侵攻の「本当の理由」の隠れ蓑に用いられた麻薬対策
報じられないベネズエラの原油を巡る米中ロの主導権争い
このベネズエラの石油を巡る相克は、報じられているようなものではなく、背後には米中(そしてロシア)との主導権争いが存在します。
その中で今回の攻撃に際し、見えてきたのが、これまで関係が深かったシェブロン社のコミットメントの強化ではなく、新たにエクソン・モービル社などをかませて、ベネズエラの石油セクターの再建を米企業に主導させ、事実上、アメリカのコントロール下に置くことで、原油を対中ディールの駒に用いようという思考(戦略ではなく)です。
ちなみにエクソン・モービル社と言えば、トランプ第一政権時に国務長官を務めたレックス・ティラーソン氏が、国務長官に就任する前までCEOを務めており、就任に際して現国務長官のルビオ氏がエクソン・モービル社のロシアとの親密さに対して懸念を示したことでも知られますが、現在、停滞はしているものの、トランプ政権がロシアに示したロシア・ウクライナ戦争の和平案の中にある“ロシアにおける石油・天然ガスセクターの共同開発”という軸の、アメリカ側の筆頭がエクソン・モービル社であることから、これは勘繰りに過ぎませんが、ロシアにおける開発とベネズエラの石油セクターの回復と近代化をパッケージにしたディールをロシアに仕掛けているのではないかと推察します。
もしそうだとすれば、今回はエクソン・モービル社に対してルビオ氏が噛みつかない理由が少しだけ分かる気がします。
そしてそのルビオ国務長官ですが、彼はキューバ系の移民で、キューバの現体制に対しては非常に厳しいスタンスを取ることで知られていますが、そのキューバの現体制が依存しているのがベネズエラの石油です。ベネズエラから石油を融通してもらう見返りに、キューバは軍事顧問やキューバの医療スタッフをベネズエラに派遣する関係を確立していますが、今回のアメリカによる攻撃でベネズエラの石油が実質上、しばらくは生産不能に陥り、輸出も停止することから、キューバではエネルギー安全保障に対する脅威となっています。
どうもルビオ国務長官はそれを“キューバ現体制潰し”の材料と見ているようで、現在、暫定大統領を務めるロドリゲス副大統領(ベネズエラ)との交渉でも、キューバとの関係遮断を要素に含めていると聞きます(同様のことは、同じくベネズエラの石油の主要な輸出先でもあるコロンビアにも言えるかもしれません)。
今回のアメリカの想定外の行動の背後にはいろいろな理由があるのかもしれませんが、主権国家に対して攻撃を仕掛けたという事実は到底受け入れがたく、米国内でも「明らかな主権侵害であり、それに米国民が巻き添えになった事実は受け入れがたい」と非難が相次ぐなど、事態の収拾はさほど容易ではないと思われます。
とはいえ、起こしてしまった事件をキャンセルすることは出来ず、すでに1月5日にMaduro大統領夫妻を法廷で訴追するというカードを切ってしまっているので、次のステップを考え、行動に移さなくてはなりません。
アメリカ政府はルビオ国務長官を交渉の窓口に据え、ベネズエラの今後について交渉をすることになりましたが、そこでカギになるのが、今回、ベネズエラの暫定大統領になったデルシー・ロドリゲス副大統領です。
アメリカとベネズエラの交渉で想定される第1のシナリオ
そのデルシー・ロドリゲス副大統領(暫定大統領)は、自身は弁護士資格を持ち、これまでに外務大臣のほか、通信情報大臣、経済財務大臣を歴任し、2018年からは副大統領兼石油大臣を務めており、兄のホルヘ・ロドリゲス氏(元副大統領)は国民議会議長を務めていて、兄弟でベネズエラ政界のトップを務めています。
外交があまり得意でないMaduro大統領に代わり、ベネズエラの対外政策を担うことも多く、弁護士および外交官としての背景から、非常に交渉に長けていると言われている人物です。
チャベス元大統領に心酔し、2003年に国会議員になった後、...