世界中のメディアが大きく報じた、ハマスによる人質の解放。しかしその裏では、依然として「衝突の火種」がくすぶり続けているようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の「無敵の交渉・コミュニケーション術」』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、ガザ停戦後の裏側に潜む不安要因を解説。さらに中東・欧州・アジアを同時に揺るがす最悪とも言えるシナリオを提示するとともに、かような事態を阻止するために国際社会が取るべき対応を考察しています。※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:長期化する戦争たち─歓喜の裏で続く緊張と非常にFragileな“和平”
否めないさらなる戦争の継続もしくは激化の可能性
そして何よりも和平合意の当事者でもあるイスラエルが、どこまでこの合意、特に第2段階の履行を勧められるかも不安材料です。
第1段階については、トランプ大統領へのサービスと、そしてこれまでトランプ大統領から「いい加減にしろ」との叱責を受けてきたこともあり、ネタニエフ首相は合意したようですが、連立政権を組む極右政党ユダヤの力(ベングビール党首)などは「人質も返ってきたのだから、今こそガザを占領し、ハマスを壊滅させるべき」との要求をネタニエフ首相に行っており、それがない場合には連立離脱というカードをチラつかせていることと、ネタニエフ首相自身、“ハマスの壊滅
...more”というゴールを取り下げていないことから、不安が募ります。
特に自身の政治生命の延命を最大の目的とするネタニエフ首相としては、連立の維持は必須で、すでに来年10月までに行う必要がある総選挙を前に支持率が低下していることから、戦闘の継続を理由に選挙を先延ばしにする方策を練っていると思われるため、さらなる戦争の継続、または激化の可能性は否めないと考えます。
今回の和平合意の直前までガザ地区への攻撃を激化させていたネタニエフ首相ですが、極右勢力の要求を受けて“ガザの占領”を目指す方針を示した際には、「まだ存命の人質を犠牲にする可能性がある」と軍が止めて総攻撃は回避されました。
しかし、その“存命の人質”が帰還した今、どのような状況が生まれるかは予測できません。
またガザ和平合意の第2段階意向を進めるためには、周辺諸国の協力とコミットメントは必須ですが、エジプトでの和平会議へのネタニエフ首相の出席をアラブ諸国(特にトルコとのエルドアン大統領)は拒絶し、アラブ・イスラムの同胞に対する非人道的な行為を強行してきたイスラエルの“罪”を許容しない旨を表明し、イスラエルとの対決姿勢と警戒を弱めていないことも、今後の困難を予想させる材料です。
これまでガザへの攻撃に加え、レバノンやシリアへの攻撃、カタールに対する攻撃、そしてイランを巻き込んだ地域の緊張の激化など、アラブ・中東地域のデリケートな安定を揺るがすには十分すぎるほどの所業をイスラエルはしてきていますので、アラブ諸国の警戒心と対イスラエル猜疑心は解けていないのが現状のようです。
加えて、肝心の国際治安部隊(ISF)の具体的な役割や構成もまだ決まっておらず、約200名の隊員を派遣し、指揮系統も米軍が握るとのことですが、その他の参加国がそれを良しとしているかどうかも不明です。
そして噂のGITA(ガザ国際統治機構)についても、いろいろな噂が飛び交っていましたが、エジプトでの中東和平サミット時には議論されておらず、トランプ大統領のまとめを見ても「実質的な統治と管理はパレスチナ人のテクノクラートによって行われる」とあるだけで、その中身や構成などについても何も決まっていません。
このようにまだいろいろなことが不透明な中、真の和平が訪れるのはまだまだ先になりそうです。
ガザ市民に対し何をしでかすか分からぬネタニヤフ
ウクライナ侵攻から得たものは無いに等しいロシア
そのロシア・ウクライナ戦争ですが、どのように評価すべきでしょうか?
ロシア優位なのか?それともウクライナ有利なのか?または完全な膠着状態に陥り、ただただ人的被害やインフラの破壊が繰り返されるだけの空しい状況なのでしょうか?
膠着状態に陥っていることは確かで、ロシア優位と言われていても、実際にロシアがウクライナ領で占拠しているのはほんのわずかであり、前線では一進一退を繰り返しています。
ロシア・ウクライナともに、ミサイルやドローンといった“飛び道具”で互いのインフラ施設に攻撃を加えていますが、互いに戦況を一転するほどの状況を生み出せていません。増えるのは犠牲者の数と破壊し尽くされた建物などの数だけです。
ロシアのプロパガンダ作戦や、中国とロシアの蜜月関係の演出、北朝鮮のコミットメント、イランとロシアのつながりの強化などをベースにすれば、やはり国力と軍事力に勝るロシアが優位に進めているものと思いがちですが(私も含め)、見方を変えてみたら「もしかしたら、ウクライナが優位なのかもしれない」という分析もできます。
例えば2014年にロシアが秘密裏にクリミア半島を併合・占拠した際には、ウクライナ側からの抵抗もほとんどなく電光石火でロシアが“勝利”しましたが、2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻は、当初の予想とは違い、8年間の間に鍛え上げられたウクライナ軍と欧米諸国から供与された武器によってウクライナが持ちこたえ、ロシアが目論んだ“数日以内のキーウ陥落とウクライナ国家の崩壊”というシナリオは、侵攻から3年半以上経った今でも実現していません。
ロシアはウクライナ東南部4州の一方的な編入を宣言していますが、それを国際社会が承認することは無く、味方の中国でさえ、そこまで踏み込んでいません。
プロパガンダ戦略を通じて「特別作戦によりロシア人同胞の脅威を排除し、ロシアに組み込まれた」と成果をアピールしているものの、キーウ陥落どころか、ウクライナの心臓部をロシアがコントロール下に置くことができていませんし、恐らく今後も同じでしょう。
ロシアはこの3年半ほどで100万人を超すとされる犠牲者を出していますが(80万人という統計もあるため断言はできませんが)、この戦争から得たものといえば、ほとんど何もないと考えます。
しかし、何も獲得せずに100万人近いロシア人兵士の生命を失っているとなれば、さすがのプーチン大統領も権力基盤が脆弱になり、ロシアの内政が一気に混乱することにも繋がりかねないため、プーチン大統領としては、プロパガンダ戦略を用いながら、ひたすら戦い続け、無人ドローンによる攻撃や、先日触れたかつての“ラインラント作戦”的な軍事行動を繰り返してNATOの影響下にある周辺国に恐怖を与え続け、核兵器の脅威も時折織り交ぜながら、欧州各国に「次は欧州に牙をむくのではないか」という恐怖を与え続けて、ロシアによる復讐を避けるためという目的の下、欧州各国に対ウクライナ支援を控えさせるという結果を狙っているように見えてきます(これはあくまでも私の分析ですが)。
自衛のためウクライナ軍を味方に付けるべき欧州各国
これをベースに考えると、欧州はウクライナ支援を止めるべきではなく、変な言い方にはなりますが、ウクライナを対欧州の緩衝地として強化し、用いることで、欧州全域の安全保障の向上と対ロ抑止力の拡充に繋がるものと思われます。
トランプ政権下のアメリカは、気まぐれで、どこまで本気で欧州にコミットするかが読めない中、欧州自身が自らの身を守る策を早急に練り、実施する必要があります。
それこそが8年間、そして今では11年間鍛え上げ、強化してきたウクライナ軍を味方に付けることではないかと考えます。地上部隊はかなりの損傷を受けているかもしれませんが、ウクライナ兵は、欧州の部隊とは違い、この3年半以上、対ロ戦争において実戦経験を積んでおり、その間に自国製のドローンや弾道ミサイルの開発・配備も行い、ロシアに損害を与え続けています。
数の上ではまだロシアに遠く及ばないとされつつも、ウクライナ製の軍事ドローンは、数的な不利をものともせず、ロシアの防空網を掻い潜って損害を与えていますし、何よりもロシア海軍の誇る黒海艦隊に多大な損害を与え、実質的に黒海の守りを手薄にすることに成功しています。
ウクライナはまさに欧米の支援を受けて強化しつつ、自前の武器でロシアに対抗する術を編み出しており、ペンタゴンの関係者によると、「アメリカ軍もウクライナのドローンによる攻撃やデジタル・サイバー攻撃など、多くのことを、対ウクライナ支援を通じて学んでいる」とのことですので、ウクライナの軍事力は決して侮ることはできないと考えます。
ロシアは数の上では上...