「同じ主張に繰り返し接していると、たとえその主張が嘘でも信じてしまう」という心理効果があります。
この心理現象は「真実性の錯覚(illusory truth effect)」と呼ばれています。
しかし、これはどの程度強力な効果なのでしょうか?
この疑問についてオーストラリア国立大学(ANU)の研究が、非常に興味深い結果を報告しました。
この研究によると、科学的に正しい認識を持っている人々でも、繰り返しの情報による「真実性の錯覚」によって、科学的に誤った主張も信じてしまう可能性があるというのです。
これは真実性の錯覚が自分の信念や知識に反した情報さえ信じやすくしてしまうことを示しています。
研究の詳細は2024年8月7日付で科学雑誌『PLOS ONE』に掲載されました。
目次
繰り返される情報を正しく感じる「真実性の錯覚」とは?どんな立場でも「真実性の錯覚」は起こる!「真実性の錯覚」が起きるメカニズムとは?
繰り返される情報を正しく感じる「真実性の錯覚」とは?
「真実性の錯覚(illusory truth effect)」は以前から知られている認知バイアスの一種です。
これは同じ情報を何度も聞いているうちに、それが正しいか間違っているかは別として、信憑性のあるものに感じてしまうという心理効果のこと。
これとよく似た認知バイアスとして「単純接触効果」があります。
単純接触効果は、
...moreある対象と何度も接点を持つうちに好意を抱くようになるというものです。
同じ人や物に繰り返し会ったり、見たりしていると、警戒心が薄れていき、親しみや親近感といったポジティブ感情を感じやすくなるのです。
例えば、とある政治家がさして大きな成果を上げていないにも関わらず、テレビに何度も出ているのを目にしていると、「この人頑張っているな」とか「信頼できそうだな」と好意的な印象を持ってしまうシチュエーションを指します。
「真実性の錯覚」はこれの言説や情報バージョンと言えるでしょう。
Credit: canva
その一方で「真実性の錯覚」に関する研究はこれまで、一般的な知識や雑学に焦点を当てたものがほとんどでした。
そのため、実際的な議論やテーマにおける主義・主張に対して「真実性の錯覚」が起きるかどうかは確かめられていませんでした。
そこで研究チームは今回、世界的に大きな関心事となっている「気候変動」をテーマに、この心理効果が起きるかどうかを検証してみました。
現在、主に人為的な原因によって、地球規模で温暖化が起こっていることは97%以上の気候科学者が同意している事実です。
つまり客観的に見れば、「気候変動が地球規模で起こっている」という主張は正しいことになります。
その一方で、世の中には気候変動懐疑論者が存在しており、彼らは「地球温暖化は嘘である」「温暖化の原因は人為的なものとは関係ない」「気候変動は心配すべきものではない」といった科学的に根拠のない情報を発信しています。
どちらを信じるかは人々の自由ですが、チームは今回の調査で、気候変動を信じている人と信じていない人の両方を対象に、自分の信念とは反対の意見に何度もさらされた場合に「真実性の錯覚」が起きるかどうかを調べてみました。
どんな立場でも「真実性の錯覚」は起こる!
本調査ではアマゾンのウェブサービス「Amazon Mechanical Turk」を通じて募集した172名の参加者を対象に、2つの実験を行いました。
1つ目の実験には52名が参加し、2つ目の実験には120名が参加しています。
どちらの実験でも参加者は「気候変動を支持する主張」と「気候変動に懐疑的な主張」の両方が入り混じった一連の発言を読まされました。
しばらく時間を置いてから、参加者は別の一連の発言を見せられますが、その中には新しい主張とは別に、前の実験に含まれていたのと同じ主張がいくつか組み込まれています。
この実験を何度か繰り返した後、参加者はそれぞれの主張がどの程度真実であると思うかを評価しました。
それと並行して、参加者自身が気候変動を支持している派か、懐疑している派かも調べられています。
Credit: canva
その結果、気候変動を支持している参加者は一貫して、気候変動が実際に起こっていると主張する発言を正しいと評価し、それに反する懐疑的な主張は真実性が低いと評価していました。
ところが実験を繰り返す中で、気候変動に懐疑的な発言に何度もさらされた参加者は、気候変動に対して科学的に正しい認識を持っているにも関わらず、自分の信念に反対する意見を信じやすくなっていたのです。
さらに興味深いことに、これと同じ現象は逆の立場でも起こっていました。
つまり、普段は気候変動に懐疑的な参加者も、気候変動を支持する発言を何度も読んでいると、その主張が正しいらしいと評価し始めたのです。
これは「真実性の錯覚」が気候変動という実際的なテーマにおいても起こり得ることを証明するものでした。
研究主任のノアバート・シュワルツ(Norbert Schwarz)氏は「参加者が事前に信じている立場が違っていても『真実性の錯覚』が同じように起こることには驚きました」と指摘。
「気候変動を信じている人も信じていない人も、自分とは反対の意見に繰り返しさらされることで、その発言を信じるようになっていたのです」と話します。
では「真実性の錯覚」はどのようなメカニズムで起こるのでしょうか?
「真実性の錯覚」が起きるメカニズムとは?
研究者によると、「真実性の錯覚」が起こるメカニズムには、情報の「処理流暢性(processing fluency)」が大きく関わっていると話します。
処理流暢性とは、ある情報が脳内で処理される際のスピードや容易さを示します。
脳内での処理が簡単な情報ほど、そうでない情報に比べて理解されやすく、記憶もされやすいので、私たちの脳はその情報を「親しみやすい」「正しい」と感じやすくなるのです。
要するに、何度も繰り返し聞いた情報は処理がスムーズになるので、脳が「この情報はよく知っているから正しそうだ」と誤って判断する要因となります。
Credit: canva
今回の研究は、科学的に正しい情報を人々に広める上で、「真実性の錯覚」が応用できることを示していますが、他方で使い方次第では悪用もできてしまう可能性があります。
例えば、政治的な主張や自然災害時の情報など、誤った言説を何度も繰り返し発信していると、人々がそれを信じ込んで、間違った行動を取ってしまいかねません。
特に自然災害時の場合は、そうした行動が命の危険につながる恐れがあります。
私たちは繰り返される情報を無意識に信じやすくなっているので、一度自分で調べてみることが重要になるでしょう。
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