「立川談笑」とは?

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立川 談笑(たてかわ だんしょう)は江戸東京落語の名跡である。当代は6代目と名乗っているが、過去に談笑は4人ほど、談生を入れて6人前後確認されている。

初代 談笑(? - 文化7年12月27日(1811年1月21日))は本名を足袋屋庄八という。式亭三馬の後ろ盾で烏亭焉馬の門下になり式亭三馬の命名で立川談笑(または烏亭談笑)。寄席の進出は1805年から。享年未詳。港区芝の正伝寺に墓石が存在する。

2代目 談笑(生没年不詳)は本名不詳。2代目菅良助が初代立川談志から改名した際名乗っていた。のち都鳥を経て2代目菅良助。

談笑(? - 1876年12月上旬)は3代目立川談志(通称「花咲爺の談志」)が襲名する前に名乗っていた。立川談笑から立川燐馬などを経て立川談志。没年不詳。

談笑(1862年 - 1918年5月11日)は3代目古今亭志ん生(通称「軍鶏の志ん生」)が最初に名乗っていた名跡。初代むかし家今松、5代目雷門助六を経て志ん生。享年56。

談生(生没年不詳)は4代目立川談志(通称「郭巨の釜掘り」)の門人。もり蕎麦を一時に40枚とか食べたと伝わる。そのほかの事は不明。明治10年代から20年代に存在。通称...

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