「東宮御所」とは?

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両陛下、愛新覚羅一族の書画展に - 04月14日(土)11:07 

 天皇、皇后両陛下は14日午前、東京都千代田区のパレスサイドビルを訪れ、「ラストエンペラー」として知られる中国清朝最後の皇帝溥儀の一族が残した書画を展示した「愛新覚羅一族の書画作品展」を鑑賞された。 日中平和友好条約締結40周年に合わた企画で、両陛下は溥儀の弟、溥傑の書などの書画を見て回った。旧満州の文字で書かれた書を見た陛下は「これは何の文字の影響なんですか」と質問。皇后さまは溥傑の書を見て「おおらかで柔らかい字ですね」と述べた。 両陛下は溥傑と皇太子夫妻時代の1974年に東宮御所で初めて会い、その後も訪日時に会った。溥傑は94年に死去。即位後の92年の中国訪問時に会ったのが最後となった。 【時事通信社】
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Wikipedia

東宮御所(とうぐうごしょ)は、皇太子の居所である。現在の東宮御所は東京・赤坂の赤坂御用地にあり、皇太子徳仁親王皇太子妃雅子敬宮愛子内親王が住んでいる東宮御所・宮邸 宮内庁のウェブサイト、平成24年4月2日閲覧。

概要

東宮とは皇宮から見て東方に位置する宮であり、東は五行説で春に相当するため春宮(とうぐう/はるのみや)とも記され、では長子を意味する震卦にあたることから、皇太子の住居とされた。さらに皇太子の家政機関として律令で春宮坊(とうぐうぼう)が定められていた。職原抄述解によると東宮は御座所を、春宮は官舎を呼んだもので、唐に皇太子付きの左春坊、右春坊という役所があったためそれに倣って春宮坊と呼んだものが、のちに混用されて皇太子自身を東宮とも春宮ともいうようになった官職要解(1902年(明治35年)) 和田英松

東宮御所には古くは内裏内の昭陽舎(梨壺)を充てていたが、...

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