「大月みやこ」とは?

関連ニュース

由紀さおり、ペギー葉山さんとの別れに未練  「突然姿が見えなくなっちゃってどうしたら…」 - 06月23日(金)09:47 

 肺炎のためことし4月に亡くなったペギー葉山さん(享年83歳)のお別れの会が22日、東京都内で行われ、大月みやこ、ジュディ・オング、水前寺清子、由紀さおりらが報道陣の前であらためて故人との思い出を語った。  大月は「歌のジャンルは少し違ったけど、デビューのスタートの頃からずっとそばにいてくださったような、そんなうれしいお付き合いをしてくださっていました」とペギーさんとの長年の親交ぶりを明かし、「みやこちゃんみやこちゃんとずっと呼んでいただいて、いつもたくさんお話を聞かせてもらった。お別れって気持ちはまだ全然ない」と実感が湧かないという。  代表してお別れの言葉を述べ、ペギーさんの代表曲「ケ・セラ・セラ」のワンフレーズをアカペラで歌ったジュディ・オングも「まだちょっと信じられない。たくさんの幸せをくださって、歌う喜びを教えてもらったり、人生は楽しく生きるのよってことを教えてくださった。大好きな大好きな先輩」と故人をしのんだ。   水前寺は「本当におきれいで優しくて、しっかりとものをおっしゃる。それがちゃんと的を射ていて、いろいろなことで勉強させていただきました」と振り返り、由紀は「いつもずっと背中を見て追って歌ってきたので、突然姿が見えなくなっちゃってどうしたらいいのかしら…と、ちょっと甘えたい気持ちもあります」と故人との別れを惜しんだ。【関連記事】 ・ペギー葉山さんお別れ会に800...more
カテゴリー:

ペギー葉山さんお別れ会に800人参列 ジュディ・オング「見上げる星が一つなくなってしまった」 - 06月22日(木)14:40 

 肺炎のためことし4月に亡くなったペギー葉山さん(享年83歳)のお別れの会が22日、東京都内で行われ、秋元順子、大月みやこ、小金沢昇司、こまどり姉妹、ジュディ・オング、水前寺清子、中村メイコ、ピーコ、由紀さおりら著名人・関係者800人が参列。故人の生前に親交のあったジュディ・オング、黒柳徹子らがお別れの言葉を述べた。 遺影は2009年末に「夜明けのメロディー」(2010年1月27日発売)のジャケット撮影時に撮られたもので、ペギーさんお気に入りの着物をリメイクして作られたドレスを着ている。ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の世界観を表現した祭壇は、ペギーさんの歌声の周りに子どもたちの笑顔があふれていた光景を再現している。 ジュディ・オングは「ペギーさん、早すぎます。いま、私は見上げる星が一つなくなってしまった、そんな気持ちです」と早すぎる別れを悔しがり、「ペギーさんのことが大好きで大好きで、どんなときも一番最初に行くのがペギーさんの楽屋でした」と思い出を振り返った。 「教わることがあまりにもたくさんありました。歌っていうのは、何回も歌って自分のものになったときに初めてメッセージが届けられる。それを教えてくれたのはペギーさんです」と遺影に向かって語りかけるように言葉を紡ぎ、「その志を私たち後輩が受け継いで、なるべくいい歌を上手に歌えるように精進していきたいと思います」と誓った...more
カテゴリー:

「大月みやこ」の画像

もっと見る

「大月みやこ」の動画

Wikipedia

大月 みやこ(おおつきみやこ、1946年4月23日 - )は、日本演歌歌手。本名、脇田節子。

来歴

大阪府八尾市出身。大阪府立八尾高等学校卒業。芸名はデビュー当時の大阪の有名レコード店である「大月楽器店」と「ミヤコ」にちなんで名づけられた。1964年に母恋三味線でデビューし、デビュー20年目にしてのヒット曲女の港で第37回NHK紅白歌合戦(1986年)に初出場を果たした。大月が紅白初出場を果たした第37回の紅白では、同じ年にデビューした水前寺清子は22回目の出場で、デビュー22年目にして檜舞台の紅白に登場した大月を激励した。

以後、1996年までに10回出場。1992年には白い海峡で第34回日本レコード大賞を受賞。2004年6月14日に東京プリンスホテルで「歌手生活40周年を祝う会」を開き、同年6月20日には最新曲まで全シングル198曲を収録した12枚組ボックス企画大月みやこシングルコレクション「あゆみ」(別名: 大月みやこ大全集)を芸能生活40周年記念作品としてリリースした。

2008年11月3...

ツイッター人気

Yahoo知恵袋

こんなの見てる