「クミコ」とは?

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相本久美子「アイドルとして、ステージを通じて誰かの力になりたい」 - 02月24日(土)16:00 

「ク・ミ・コ~!」。アイドル時代そのままに、客席からは“久美子コール”が飛び交っている。 2月12日の祝日、「恵比寿・天窓switch」で開催された「相本久美子 Live Style vol.4」。白いマイクを手にステージに立つ相本久美子さん(59)はスカイブルーのキャミソールドレスで、くるりと振り向けばチュールの裾がひらひらと揺れる。花の髪飾りと花のブレスレット、腰の後ろで大きなリボンを結び、完璧なアイドルファッションだ。 1曲目の『涙のドライブ』('78年リリース)を歌い終えた相本さんが、とびきりの笑顔で客席に話しかけた。 「じつは今日は『女性自身』さんの取材も入っています。今年5月に還暦を迎える相本久美子が、いまだにフリフリでライブをやっているというので、どんなものか見てやろうと(笑)」 すかさず「ガンバレ!」と野太い声が飛ぶ。長年のファンが詰めかけた会場は、ワクワク感いっぱいのあたたかい空気に包まれた――。 相本さんが歌手デビューをしたのは、'74年、16歳のときだった。大きな瞳と天衣無縫な笑顔で、歌や司会、グラビアやドラマやバラエティ、CMなどでも活躍するマルチタレントとして一時代を築く。 現在デビュー44年目。その間には、結婚と出産、離婚。シングルマザーとしての奮闘もあった。今では、5歳と1歳の孫もいる。 「じつは私、歌には劣等感を...more
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クミコ、世界が涙した詩集をシングル化 国内で異例の15万部突破 - 02月14日(水)04:00 

 歌手のクミコが、3月7日にシングル「最後だとわかっていたなら」を発売することが明らかになった。国内では異例の累計15万部を突破し世界中で感動を呼んでいる同名の詩集をもとに書き下ろした楽曲となっている。 異例のヒットを記録した詩集『最後だとわかっていたなら』  詩は2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロで亡くなった消防士の手帳に残されていたことから注目を浴び、追悼集会でも朗読されるなど世界中で知られるようになった。この詩自体はテロが発生する前から「Tomorrow Never Comes」という原作タイトルで知られていたもので、アメリカ人女性ノーマ・コーネット・マレックが1989年に10歳の息子を亡くした際につづった一篇の詩がもとになっている。  日本では、訳者の佐川睦氏がアメリカ留学中に最愛の母を事故で亡くし帰国した失意の中、アメリカの友人から送られてきた一通のメールに書かれていたこの詩に励まされたことで、自身のホームページに日本語訳を公開し知られるように。訳詩が口コミを中心に広がったことから出版社の目にも止まり、2007年に書籍化された。  クミコは昨年、フリーアナウンサーの小林麻耶が妹の麻央さんを亡くした後に再開したブログで紹介したこの詩に感銘を受け、自身が歌うことを決意。歌詞構成と作曲を都志見隆氏、編曲を武部聡志氏が担当し、11月にゲスト出演した『日本うた...more
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クミコ(1954年9月26日 - )は、日本歌手。旧芸名、高橋 久美子(たかはし くみこ)、高橋 クミコ茨城県水戸市生まれ母親の里帰り出産による。。埼玉県立春日部女子高等学校早稲田大学教育学部卒業。所属事務所はプエルタ・デル・ソル、所属レーベルは日本コロムビア。血液型はB型。

略歴 活動初期

演劇を志し、早稲田大学に入学するが、不条理演劇の中で歌うシーンがあり、歌で表現することに目覚めて劇団を退団した。大学卒業前、友人に誘われバンドにピアニストとして参加する。その後、バンドを辞めたその友人の代わりにボーカルを担当する。

1978年、24歳の時、第16回ヤマハポピュラーソングコンテストの予選を勝ち抜いて(「関東甲信越大会」では歌詞を忘れて...

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