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【ロシア】「HIVは作り話」、母親治療拒否で陽性の乳児死亡 治療拒否の一因に西側陰謀説 - 04月03日(火)22:45  newsplus

http://www.afpbb.com/articles/-/3169800?cx_position=43 2018年4月3日 10:39 発信地:モスクワ/ロシア 【4月3日 AFP】ロシアで2日、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染した生後5か月の女児の死亡に関する捜査が開始された。女児の母親はHIVを「作り話」とみなし、女児の治療を拒否していた。  5年以上前にHIVに感染したこの母親は、自身への治療も拒否し続けていた。シベリア(Siberia)の都市イルクーツク(Irkutsk)で過失致死容疑の取り調べを受ける母親には有罪の場合、2年以下の禁錮刑が科せられる。  捜査当局によると...
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歴史 西シベリアの中心

17世紀にコサックを先頭にロシア人は西シベリアからオホーツク海沿岸にまで探検をおこない、その間の地域をロシア領へと組みこんでいった。イシム川およびイルティシュ川沿いの辺境地帯を、南のステップ地帯に住むキルギス人から守るため、1716年にオミ川右岸にオムスクの砦(クレムリ)が建設された。当初木造であったオムスク砦は18世紀後半に強固なレンガ造りへと完築された。現在、クレムリには建設当時のトボリスク門と修復されたタラ門が残っており、クレムリ内部にはドイツ人の建てたルーテル派教会、武器庫、軍の刑務所、司令官の家などが残る。

19世紀から20世紀初頭にかけ、オムスクには西シベリア総督(後にステップ総督)がおり、西シベリア地区およびステップ地区(カザフスタン)の行政中心地となっていた。ロシア正教会のみならず様々なキリスト教宗派の聖堂や教会が建っていたほか、モスクシナゴーグなども建ち、総督の官邸や軍学校なども設けられた。しかし中央アジアがロシア帝国の支配下となって国境がはるか遠くに移り、軍事的重要性が失われると、オムスクは活気のない田舎町へと転落してゆく。19世紀半ばには流刑地となり...

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