
カキコ速度=48時間54分/1カキコ
2010年07月29日22時16分
スーパー・ジャイアンツ
ブラインド・フェイス ユニバーサルインターナショナル 2010-04-01 by G-Tools 四十年以上前の作品だったりするんだな。じっくり聴き直してみたけどスティーヴ・ウィンウッドが縦横無尽でいやマジこれすごいや。クラプトン君はちょっと消え気味なのが心配だけど。(^^;
http://royal-milk.tea-nifty.com/diary/2010/07/blind-faith.html
2010年07月26日00時00分
今日は覚え書きを兼ねて短いつぶやきを。数日前からスティーヴ・ウィンウッド(含トラフィック、スペンサー、
ブラインド・フェイス)、ポール・ウェラー(含むジャム)、バッド・カンパニー、フリー、ザ・フーそしてマイク・オールドフィールドを聴いていました。特に自覚的だったわけではなく、なんとなく。それが
http://d.hatena.ne.jp/shiropp/20100726
2010年07月24日21時36分
2010年8月25日予定
ブラインド・フェイス/スーパー・ジャイアンツダイアー・ストレイツ/悲しきサルタン10CC/オリジナル・サウンドトラックブラック・サバス/パラノイドキッ
http://cottonwoodhill.blog21.fc2.com/blog-entry-6059.html
2010年07月21日20時15分
ある。スペンサー・デイヴィス・グループの時代からトラフィック、
ブラインド・フェイス、そしてソロ・ワークスと長いキャリアをまとめて聴くことができる。そのアルバム『 Revolutions: The Very Best of Steve Winwood 』から今夜はエリック・クラプトンとともに結成した
ブラインド・フェイスの「Can't Find My Way Home」。・ツイッター 「さて
http://blog.goo.ne.jp/sitedoi/e/6d18c2e4fd224b433d1576eff1c4f...
2010年07月21日16時48分
でエリック・クラプトンと知己を得たこの夫婦が、
ブラインド・フェイスの前座を務めたという流れがありました。そこで今では有名な伝説になっていますが、当時既に煮詰まり気味だったエリック・クラプトンは前座で大熱演するデラニー&ポニーにショックを受け、
ブラインド・フェイスの
http://blog.goo.ne.jp/8823blue/e/a0c95eb7f66ebf9dc99018156b0b...
2010年07月16日23時40分
が、 実は聴いたことの無かった
ブラインド・フェイスを聴いてみました。BLIND FAITH“SUPER GIANTS" クラプトン、ジンジャー・ベイカーの組み合わせによる解散したCREAM的なアプローチもありつつも、 やはり、クラプトンのその後のソロやデレク・アンド・ドミノスで追求していく「南部への
http://ameblo.jp/la-sick/entry-10592627668.html
2010年07月16日02時50分
を 集めイギリスでは
ブラインド・フェイスが結成された年である。混沌とした状況の頂点で彼らは解散してしまった。アナログ盤でいえば、B面のメドレーが素晴らしい。当時、繰り返しB面ばかり聴いた時期がある。A面のカム・トギャザーとアイ・ウオンチューもさよならを
http://blogs.yahoo.co.jp/wbrsd907/5921981.html
2010年07月12日21時50分
再結成した時の演奏は、こんなにエネルギッシュではありませんでしたのでかえって聴きやすかったでした。エリック(クラプトン)は、この後
ブラインド・フェイス〜デレク&ドミノス〜ソロ〜その後ラリってしまい、復帰後はレイドバックしてすっかりオヤジになってしまいましたが、この
http://lonely-heart.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-8c15....
2010年07月11日00時55分
Blind Faith 1969年、クリームを解散した、エリック・クラプトンはスペンサー・デイビス・グループのスティーブ・ウインウッド をパートナーに指名し、ドラムをジンジャー・ベイカー、ベースをリック・グレッチの4人で新しいグループを立ち上 げた。「
ブラインド・フェイス」誕生である。残念ながら発表したアルバムは1枚だけ
http://blogs.yahoo.co.jp/wbrsd907/5743116.html
2010年07月09日00時06分
黒魔術を教えたのは最初のメンバーだったジョン・マクローリンだったとか・・・・・ ※Holly・Magick その後、クリームを解散し、期待に溢れて結成された
ブラインド・フェイスも自然消滅した後、ジンジャー・ベイカーが結成した“エア・ホース"のオルガニストを勤めますが、1974年地下鉄
http://blogs.yahoo.co.jp/eagleeye8823jp/1315828.html